ヨーロッパで1994年から行われてきたワールド・ミュージックの見本市。この名称は「ワールド・ミュージック・エクスポ」を縮めたもの。一般聴衆向けのフェスティバルではなくプロ対象の催しで、世界からレコード業者やイベント主催者などを集め、取引のための交渉の場を提供し、あわせてデモンストレーション的なライブも聞かせる。開催地は一定しない持ち回り方式で、2009年には10月にデンマークのコペンハーゲンで行われた。これと名称の似た催しにウォーマッド(WOMAD)があるが、こちらは一般音楽ファン向けのコンサートである点がウォーメックスとまったく異なる。イギリスのミュージシャン、ピーター・ゲイブリエルの発案で1982年にスタート、世界各地で開催し、91年には横浜でも行われ、翌92年の第2回が評判になったあと、日本版は尻すぼまりで終わった。
ウォーメックスはヨーロッパではますます盛り上がっているようで、2008年のデモンストレーションで注目された出演者たち20組の演奏を収めたCDを、09年の開催に先立って世界の音楽関係者に送付するなど、PRにも一段とカを入れている。このデモ盤のとりとめのない貪欲(どんよく)な玉石混交ぶりに、既に“ワールド・ミュージック”という言葉にとらわれない何でもありの2010年代が透けて見える。
そもそも1980年代に「ワールド・ミュージック」という言葉を使い始めたのはイギリスだった。学究的な「民俗音楽」ではなくポピュラー音楽に近い世界各国の親しみやすい音楽がLPで出るようになったのに対処しようと、レコード店で商品を整理するためのキーワードとして始まったとされ、日本でもひところ盛んに使われたが、アメリカの業界はそういったジャンルの音楽そのものへの関心が高まらないままこの言葉も広まらずにきた。ところが、オレゴン州ポートランドで94年にスタートしたピンク・マルティーニが、世界のさまざまな音楽を取り上げる行き方で、アメリカ国内でも、またフランスなどでもかなりの売り上げを記録して話題をまき、2010年3月には日本でもCDが発売される予定で、来日の計画も進んでいる。
一方、09年のウォーメックスで買い付けてきたという奇妙なアルバムが日本で発売された。タイトルが「世界のタンゴ」。SPレコードの時代にロシア、トルコ、ギリシャ、ルーマニアなどで出たタンゴを集めた復刻盤だ。中近東のシリアで生まれた女性歌手アスマハーンや1930年代のギリシャの人気歌手ソフィア・ヴェンボのタンゴの録音は以前に日本で紹介されているが、「タンゴは世界で最初のワールド・ミュージックだ」というこのアルバムのキャッチフレーズには、正しいかどうかは問題だがインパクトがある。
民俗音楽という学者相手の看板に対して、80年代にレコード業界から出てきたワールド・ミュージックという用語は、一般の音楽ファン向けの親しみやすさを備えていた。そしてさらに幅の広い通俗さを持つライブ・バンド、ピンク・マティーニが現れ、過去の音源から卑近さあふれる「世界のタンゴ」が商品化されたのは、ワールド・ミュージック現象が、より柔軟な次なる段階、いわばウォーメックス時代に入った、ということなのかもしれない。