ミクロ経済学とは、家計や企業のような個々の経済主体がどのように意思決定を行い、それが市場や制度を通じて経済にどのような影響をもたらすのかを研究する分野である。分析の単位が、地域や一国といった大きな(マクロな)サイズではなく、より小さな(ミクロな)個々の経済主体であるため、ミクロ経済学と呼ばれる。
伝統的には、ミクロ経済学は完全競争市場(perfectly competitive market)と呼ばれる理想的な市場(しじょう)の研究に最も力を注いできた。その際に基礎となるのが「需要(demand)と供給(supply)の交点によって価格が決まる」という考え方である。ここで、市場の需要と供給は、次のような形でミクロレベルの意思決定から完全に導くことができる。家計や企業が与えられた価格のもとで、つまり価格をコントロールできない状況で(これをプライス・テイカーの仮定〈price taker〉と呼ぶ)、各人にとって最適な消費・生産行動をとり、それらを集計することで需要と供給が得られる。完全競争市場の分析において価格が中心的な役割を演じることから、ミクロ経済学(の市場分析)は別名、価格理論(price theory)と呼ばれることも多い。特定の財・サービスだけに焦点をあてて、他の市場との相互連関をとりあえず無視して分析を行う部分均衡分析(partial equilibrium analysis)と、すべての市場の相互連関を同時に分析する一般均衡分析(general equilibrium analysis)があり、分析対象や目的に応じて補完的に用いられている。前者はアルフレッド・マーシャル(Alfred Marshall 1842~1924)、後者はレオン・ワルラス(Leon Walras 1834~1910)により定式化され、一般均衡(すべての財・サービス市場の需要と供給が一致している状態)はワルラス均衡(Walrasian equilibrium)とも呼ばれる。
近年では、ミクロ経済学は完全競争市場を離れた、つまり完全競争市場の仮定が満たされない、様々な市場や制度についても分析のメスを入れてきた。企業数が少なくお互いが戦略的な状況に直面している寡占市場(oligopoly market)や、加入者の情報が企業からはよく分からない(情報の非対称性〈information asymmetry〉が存在している)保険市場などがその代表例である。他にも、最適なインセンティブ(能力給)契約や企業の資金調達、売り手と買い手の交渉、企業と労働者のマッチングなど、様々な経済問題が扱われている。完全競争市場とは異なるこれらの市場や制度の分析には、ゲーム理論(game theory)および情報の経済学(economics of information)という新しい分析ツールが用いられ、1970 年代以降急速に研究が進んだ。こうした変化をふまえ、現代的なミクロ経済学では、完全競争市場の分析を扱う価格理論と、それ以外の市場・制度のゲーム理論的な分析が二本柱となっている。