小泉政権の成立から2002年初めにかけて、小泉首相と田中真紀子外相の人気に乗ってテレビのワイドショーにも政治が話題にのぼることが多くなった。主婦層にも政治への関心が高まったことを示す一つの事実であり、自民党内の小泉に対するいわゆる抵抗勢力からは「ポピュリズム(大衆迎合)の政治」として冷評されることにもなった。他方、最近の雑誌の評論に散見するようになった「劇場型の政治」という用語は、一般大衆の注視のもとに政治を演出するという意味では「ワイドショーの政治」と共通であるが、それにはもっと学問的な背景がある。アメリカのイスラム社会研究者クリフォード・ギャーツに「ヌガラ―19世紀バリ島における劇場国家」(1980年)と題する著作があり、日本で矢野暢(元京大教授)がそれを紹介し、また「劇場国家日本」(82年)で日本を中心に劇場国家理論を展開したことに由来している。矢野によれば、劇場国家とは国家の機能が外来の思想や観念の演出表現に終始することを主眼とし、それにふさわしい政治体制を形成している国家である、いわば自前のシナリオによって自国を運営しない国家であり、内発的な文明によって立つ先進的な文明国家とは対立する国家像である。そこでは政治における「支配と服従」という契機は薄れ、国民的な共同作業としての「まつりごと」という性格が表に出てくる。「聖域なき構造改革」「改革なくして成長なし」と唱えて発足した小泉首相の政治が、改革と成長は1年を経ても一向に実現せず、抵抗勢力に押されて聖域は存続させている状態を指して、劇場型政治という用語が復活したのである。