どの国の政府かは問わず、政府が数々の失敗を犯してきたことは周知のとおりで、しかしその失敗はことの性質からしてスキャンダルとしてしばらく世上を騒がすだけで忘れられてきた。政府の失敗はいわば氷山の一角であって、その原因は政治体制そのものの中に潜んでいるはずであるが、失敗の原因や責任は不問にされ、また次の失敗が起こってきたものである。イギリスの二人の政治学者が、サッチャー政権の成立した1979年からブレア政権の終わった2010年までのイギリス政府の失敗を丹念に調査し、政治体制の問題点を分析している。失敗の本格的な研究の端緒が開かれたのである(A.King and I. Crewe, The Blunders of our Governments, 2013)。
二人の研究者は、政府の失敗をうむ体制的な原因を次のように要約している。(1)首相は政府を代表して国民に対して責任をとるはずであるが、首相の関心と権限は省庁の業務の細部にまでは行き届いていない。(2)各省庁を担当する閣僚は、政府の方針をそれぞれの省庁で志向するはずであるが、閣僚は頻繁に交代し、省務に精通するいとまがない。精通したならばいわばその省のスポークスマンになってしまい、官僚の言いなりになって、省に対する政府の監督者としての本来の責任を忘れがちである。(3)サッチャーとブレアの政権は共に政府運営のスタイルを革新し、閣僚は政府の公約をそれぞれの担当の省庁で積極的に執行するよう求められた。それまで省庁の官僚、特にそのトップである事務次官は、政府の方針に対してあらゆる反対意見を述べ、どのような困難と障害があることを閣僚に承知させた上で政策の施行に移ったものである。しかし閣僚が積極的に政府の政策を施行しようとすると、官僚はそれに反対ばかりしていると思われることを恐れて、閣僚と政府に真実を語らなくなる。日本でも、「官僚たたき」を呼号して政権交代に成功した民主党政権の下で、同じような閣僚と官僚の間の離反があったことは、記憶に新しい。(4)こうして官僚が真実を語らなくなるにつれて、アカウンタビリティー(説明責任)がやかましく唱えられるようになる。説明、つまりは言い抜けてごまかすことが重視され、責任の所在が不明瞭になる。(5)議会は政策の審議における質疑、法案の審議過程に参加し、政策と法案の結果について責任を負っているはずであるが、実際の政府運営においていわば局外者の立場に置かれてしまう。(6)政治家と官僚はそれぞれの分野で専門知識を持っているはずであるが、それをかみ合わせる人と部局の能力が低下する。(7)政策と法案の審議過程でいわゆる「熟議」が形骸化する。
日本はイギリスと同様、議院内閣制を採用していることもあって、日本政府の失敗を考える上で、他山の石になるはずである。