イラクの復興支援に自衛隊を派遣するためのイラク復興支援特別措置法は2003年7月26日、参議院本会議で可決・成立した。同法は、イラクの復興支援に関する国連安保理決議1483号を自衛隊派遣の根拠とし、国連平和維持活動(PKO)協力法が原則とする停戦合意や受け入れ国の同意の代わりに、米英暫定占領当局(CPA)の同意で派遣を可能とする。活動は、イラク国民に対する医療、物資補給などの人道復興支援活動と、駐留多国籍軍を後方支援する安全確保支援活動の2分野。世界食糧計画(WFP)の要請を受け、PKO協力法に基づき物資輸送を行う航空自衛隊のC130輸送機(2機)は、ひと足早く7月10日、垂直尾翼に「UN(国連)」のマークを描いてヨルダンに向け出発した。政府は8月中旬に現地調査団を派遣、CPAなどとの調整に入り、9月初めにも自衛隊の活動内容・期間・地域・携行武器などを明記した基本計画を策定、閣議決定の予定だった。しかし、同年8月19日のバグダッド国連事務所自爆テロ事件など治安の悪化で調査団派遣を中止(9月に派遣)、11月の総選挙とイラクでの日本人外交官2人の殺害事件を経て、12月9日に基本計画がようやく閣議了承された。その後、04年12月と05年12月に、1年ずつ派遣期間が延長され、基本計画が変更された。06年7月、陸上自衛隊はイラクのサマワでの活動を終えて撤退を完了した。航空自衛隊による輸送活動も08年12月12日に終了した。(→「自衛隊のイラク派遣」)