トリチウムは別名を三重水素(T)と呼ばれるように、質量数3の水素である。天然に存在している水素は、質量数1のHの他、質量数2の重水素(D:存在比、0.0148%)がある。これらはどちらも放射能をもっていないが、トリチウムは最大エネルギー18.6keV(電子ボルト)という比較的弱いベータ線を放出する放射性核種で、その半減期は12.3年である。トリチウムも厳密にいえば、空気中の窒素、酸素と宇宙線の反応によって年間約42PBq(ペタベクレル=1000兆ベクレル)が生成され、その地球全体での平衡存在量は約740PBqであった。その量は水素全体の10億分の1のさらに10億分の1程度というごく微量である。
そのうえに、1950年代から60年代にかけて行われた大気圏内核実験が約100倍のトリチウムを環境に放出した。原子炉の中では、三体核分裂あるいは重水素の放射化によって生み出され、環境に放出されると水(HTO)となる。ベータ線のエネルギーが低いため、放射線に関する危険度は低いといわれるが、水の惑星である地球の生命系にとっては、水そのものが放射能を帯びることになる。
福島第一原子力発電所事故では、放射能汚染水が問題となっていて、これまでは汚染水の中からセシウムだけが捕捉されてきたし、アルプス(ALPS 多核種除去装置)が稼働すれば、ストロンチウム90も捕捉できるとされている。いずれも、汚染水の中から放射性物質を捕捉・除去しようとするものであるが、トリチウムは水そのものであり、どのような水処理技術を使っても、捕捉・除去できない。そのため、従来から原子力発電所や再処理工場のいずれでもトリチウムは全量放出されてきたし、福島第一原子力発電所にたまっている放射能汚染水も、いつかはトリチウムの除去ができないまま海に放出されざるを得ない。その総量はおそらく数十PBqになる。