21世紀の技術革新を担う旗手としての、ナノテクノロジー(ナノテク)が着目されればされるほど、その安全性に関する議論が重要になる。ナノテクの主役は1nm~100nm(ナノメートル nは10-9=10億分の1)のサイズとなるが、これは大気汚染を議論する際に用いられる浮遊粒子としては、粒径0.1μm(マイクロメートル μは10-6=100万分の1)以下とされる超微小粒子状物質(ultrafine particle)「PM0.1」のサイズに相当する。一般に、粒径が小さくなればなるほど肺の奥まで届くため危険であるとの議論もあるが、粒子の構成元素や形状によって生体細胞とどのように作用するかで、その危険性は大きく異なる。小さければ危険とは限らないことは、我々の周りを覆っている空気を構成する酸素や窒素分子が1nm以下のサイズであることを考えても明確である。構造色に代表されるように、生物は古代からナノテクを利用しているが、これらが公害の原因になったという話はない。さらに、ナノテクのほとんどは大きなスケールの構造の中にナノテク材料が組み込まれて新しい機能を発現したり、大きなスケールの構造の一部にナノスケールの構造があったりするものであり、ナノスケールの粒子がそのまま大気中に飛散する可能性は低い。しかし、ナノテクで一番危険なのは、PM0.1に相当する超微小粒子状物質を大気中に放出することである。このことを踏まえ、大量に用いられるナノテク材料や構造に関しては、製品の製造過程ならびに廃棄過程においてナノサイズの微粒子が大気中に飛散することがないよう、十分に注意する必要があろう。ナノ材料が環境に飛散し、生物が摂取する可能性を考慮し、取り扱いに規制を導入することも主にヨーロッパを中心に検討されている。新しい技術が全く無害ということはなく、公平な目でのきちんとした評価、中立的な立場での安全性に関する研究の推進、社会に開かれた議論が不可欠である。