これまでのコンピューターが低消費電力化の限界に近づく中、新しい原理のコンピューターへの期待が高まっており、その一つが脳の機能を模した脳型コンピューターである。人の脳の特徴は、超高速で計算をすることはできないが、パターン認識など複雑な情報処理を柔軟にこなし、しかも発熱することなく超低消費電力で情報を処理できることにある。この脳の機能を目指して、神経細胞の仕組みをまねた電子回路を接続して、脳のように働かせようとする試みがはじまっている。IBMは100万個のプログラム可能な「ニューロン(神経細胞)」と、2億5600万個のプログラム可能な「シナプス(ニューロンとニューロンとの接合部)」からなるチップを54億個のトランジスタを用いて作製した。これは「SyNAPSE」チップと呼ばれ、実際のシナプスをモデルとしたネットワークで情報処理を行う新しい原理で働かせるため、普通のマイクロプロセッサーに比べてはるかに低消費電力で動く。1000億個のニューロンと100兆~150兆個のシナプスをもつ人間の脳にはまだ遠く及ばないが、脳のように学習機能があり、プログラムが不要なコンピューターへの研究は着実に進展している。このようにシリコンの集積回路を用いて脳を模する取り組みに対して、ニューロンやシナプスの働きと類似の振る舞いを示すナノスケールのシステムを用いて脳型コンピューターに挑戦する試みがある。原子スイッチは入力信号の頻度により結合強度が変わるが、これはシナプスの活動状態などによってシナプスの伝達効率が変化するシナプス可塑性(synapse plasticity)に類似しており、学習ができるコンピューターへつながる可能性がある。ニューロンとシナプスの振る舞いを磁気トンネルスイッチ(→「磁気トンネル接合」)と磁気ドメイン(magnetic domain 磁気の向きがそろった磁区)で実現しようとする取り組みもある。