二つの磁性層の間に薄い絶縁層を挟んだ構造に電圧をかけると、電子はトンネル効果で絶縁層を突き抜けるが、磁性層の磁化方向を平行でなくすると、トンネル効果の抵抗が大きくなる。このトンネル磁気抵抗効果(TMR効果 tunneling magneto resistance effect)をメモリーデバイスなどに利用したものをトンネル磁気抵抗素子(tunneling magneto resistance device)という(→「磁気トンネル接合」)。このトンネル磁気抵抗素子を用いた発振器が注目を集めている。
電子などにみられるスピン(自転)は、それに由来する磁気モーメントによって上向きと下向きがある。スピンの方向が材料内で安定する方向と異なる場合に、スピンの基本的な性質として歳差運動(precession)、すなわち自転している物体の軸が斜めに傾き、すりこぎを回すときのように円を描く運動をとることを利用している。適当な条件で磁気トンネル接合に直流電流を流し、スピンを注入すると、この歳差運動をうまく維持することができる。磁気トンネル接合の抵抗はトンネル障壁を挟んだ二つの磁性層のスピンの向きに依存するため、スピンの歳差運動に合わせて周期的に抵抗が振動する。このため、デバイスに直流電流を流すと交流電圧が得られ、発振器として働くことになり、これをスピントルク発振器(spin torque oscillator)という。スピンの歳差運動はGHz(ギガヘルツ 1秒当たり10億回の振動)帯の周波数になり、電流や外部から加える磁場によって周波数を変化させられる特徴がある。これまでの半導体を用いた素子とは異なり、共振器などの付随回路を必要とせずに、マイクロ波帯の交流信号を直接発生できる魅力がある。磁気トンネル接合はナノのオーダーの小型素子の開発が進んでおり、スピンの特徴を生かした微小な発振器として、実用デバイスになることが期待される。
スピントルク発振の交流出力は直流の入力に対し時間遅れがあり、さらに入力の大きさに出力が比例しない特徴がある。これは人間のニューロンに近い振る舞いで、スピントルク発振器を用いた人工ニューロン(artificial neuron)、さらにはそれを利用したニューロモルフィック・コンピューティング(neuromorphic computing)への研究開発も進んでいる。