鳥インフルエンザに関する論文の科学誌への掲載の是非を問うた一連の動き。科学技術の研究の有益な成果は、同時にテロなどに悪用される可能性があることも多い。このデュアルユースの問題を典型的な形で示したのが、2011年末から12年にかけて論争となった鳥インフルエンザに関する論文発表の是非だった。東京大学医科学研究所とオランダのエラスムス医療センターの研究者は、H5N1型の鳥インフルエンザウイルスが、ほ乳類同士で感染するメカニズムを解明した。数個の遺伝子の変化で空気感染が生じるという発見はワクチンの開発に道を開く一方で、バイオテロに悪用されかねないし、軍事転用の危険もある。アメリカのバイオセキュリティー科学諮問委員会(NSABB)は、この懸念から、「ネイチャー」と「サイエンス」両誌に、公開前に論文の一部の削除を要請した。この事実が、11年12月に明らかとなった。これをきっかけに、研究者たちは60日間、自発的に実験を取りやめた。WHO(世界保健機関)で専門家による議論が行われ、情報を公開するメリットの方が大きいという結論が12年2月に出された。翌月には、NSABBも全面公開を認めるに至った。この論争をきっかけに、日本学術会議に「科学・技術のデュアルユース問題に関する検討委員会」が設置され、2012年11月に報告書を出した。