本人ですら、知人のデデキント(ドイツの数学者で、実数の概念を定式化したことで有名)に、自分の出したある結果の検討を依頼するときに、「私はそれを理解するが、信じない」と言ったという(「数学を築いた天才たち」S.ホリングデール著、岡部恒治監訳、講談社)。それが無限集合の濃度の問題である。無限集合では、1:1の対応が付けられる者同士を等しい濃度と呼び、濃度によって無限集合の大きさを決めることができる。無限集合の中で最も小さいのは整数全体で、それと1:1に対応する集合は、その要素に対して順番に番号が付けられる可算無限の濃度といい「アレフゼロ(記号)」で表す。整数の部分集合である{偶数全体}もアレフゼロであるし、整数よりはるかに多く見える有理数もアレフゼロである。こうなると、無限集合はすべてアレフゼロかとも思われてしまうかもしれない。
しかし、カントールは「実数全体の集合はそれよりも大きい連続体の濃度である」ということを、対角線論法(diagonal method [0,1]区間、つまり0以上1以下の数全体が可算無限の濃度と仮定して矛盾を出す背理法)で鮮やかに示した。この濃度を、その頭文字をとってcで表す。
さらに、カントール自身が信じないと言った結果は、「実数の区間[0,1]の濃度も平面上の内部を含む四角形の領域の濃度も、立方体の濃度もc」というもので、後にはこのことが正しいと認められている。しかし、自分でも信じ難い結果であれば、それを全く認めない人が出るのはやむを得ない。プロシア(今のドイツの一部分)数学会の会長のL.クロネッカーはカントールを激しく非難し、カントールがベルリン大学教授職に志願したときも、その採用に反対した。カントールは認められないまま、とうとう精神病院に入院して、失意のうちにこの世を去った。カントールの一連の結果は当時の数学ではパラドックスだったのである。現在では、カントールとクロネッカーの位置は完全に逆転しており、D.ヒルベルトは、「カントールが作った楽園から、私たちを追放することは、だれにもできないだろう」と述べたという。