数十億年の試行錯誤を繰り返して生まれた生命系を、ごく短時間の間に構築できる人工的な分子システムで模倣できれば、生命現象の解明に大いに役立つと期待される。比較的単純な分子が自己組織化的に組みあがった系、すなわち人工細胞の合成を目指して、現在、多くの研究がなされている。その一例が、水と結びつきやすい親水性(hydrophilicity)と親油性(lipophilic)とを同一の分子でもちあわせる両親媒性分子(amphiphilic molecule)の自己集合体であるジャイアントベシクル(giant vesicle)の利用である。ベシクル、すなわち両親媒性分子による膜がカプセル状になった分子集合体の中に取り込まれた膜前駆体分子が、ベシクル内部で化学反応によって膜分子に変換されれば、それは一種の自己生産であり、それは細胞が分裂して増殖していくのに似ている。前駆体分子を巧妙に設計すれば、ベシクルが自らを構築する膜分子を生産し、肥大化し、ついに分裂することも可能になる。その過程の進行は、光の屈折や回折による光の波形の差を比較する位相差顕微鏡(phase contrast microscopy)で直接観測することも可能である。