錯体は金属錯体(metal complexes)ともいい、金属イオン(Mn+ ; metal ion)の回りにNH3、H2O、Clなどの配位子(L ; ligand)が配位結合したもので、配位化合物(coordination compound)である。
配位結合(coordinate bond)とは、(1)電子を受容する金属イオンに、(2)電子を供与する配位子が非共有電子対(原子の最外殻の電子で、他の原子と共有されていない2個の電子)を与え、(3)それを共有してできた化学結合(Mn+ :L)のことで、共有結合と同じ性質のものである。
古くから知られていた安定な錯体のヘキサアンミンコバルト(III)塩化物([Co(NH3)6]Cl3)は、塩化コバルト(II)(CoCl2)のアンモニア水溶液を酸化することで得られる。塩化コバルト(II)は、当時わかっていた原子価あるいは酸化数で説明できたが、ヘキサアンミンコバルト(III)塩化物の構造は、全く理解できなかった。しかし、19世紀末、A.ヴェルナーは新たに配位数の概念を導入することで、この錯体の構造を正しく説明することに成功した。「[Co(NH3)6]3+」は錯イオン(complex ion)で、配位数は6である。6個のアンモニア(NH3)が正八面体(八つの正三角形で囲まれた正多面体)の六つの頂点に位置し、中心のコバルトイオン(Co3+)に窒素原子(N)の非共有電子対で配位している。3個の塩化物イオン(Cl-)は配位圏の外にあり、本体のアンミンコバルト錯イオンとイオン結合している。
金属錯体は生体系でも重要な働きをしており、赤血球の血色素であるヘモグロビン(hemoglobin)に含まれるポルフィリン鉄錯体(iron porphyrin complex)は、酸素運搬の中心的な役割を果たしている。軟体動物、節足動物の血液にみられる酸素運搬体ヘモシアニン(hemocyanin)では、2個の銅原子を含んだ錯体が活性の中心である。
白金の錯体であるシス-ジクロロジアンミン白金(II)(cis-[PtCl2(NH3)2])は、DNAの2本鎖の間に架橋配位してDNAの複製を阻止し、抗がん剤として作用する。