目的論とは、事象(自然現象、歴史、行為など)を「目的」により規定されたものとみなす立場。対して、機械論は、目的による説明を排し、物理的な因果関係のみにより事象を説明しようとする。
目的論的な思考は古来広く見られるが、特にアリストテレス(Aristotels BC384~BC322) は、事象の原因として作用因などとともに、目的因(テロス telos 希)をあげ、事物に内在する形相が目的となりその実現に向かう過程として、変化や運動を捉えた。機械論は古代ギリシャの原子論(atomism)にも見られるが、大きく開花するのは近世である。ガリレオ(Galileo Galilei 1564~1642)、デカルト(Ren Descartes 1596~1650)、F.ベーコン(Francis Bacon 1561~1626)らにより、目的因は非合理なものとして退けられ、事物の運動は作用因に基づき説明されることになる。以後も目的論は、生命現象や歴史の説明のあり方として残るが、同時にくり返し批判を受けた。しかし特に行為にかかわる領域については、目的論的説明の妥当性をめぐり議論が続いている(→「自由/決定論」)。