2009年10月30、レヴィ=ストロースが死去した。彼の仕事は巨大であるとともに、人類学研究としてはまことに特異なものである。その基本性格は一般に「構造主義」と呼ばれている。「構造」とは何か。レヴィ=ストロースによれば、それは「要素と要素間の関係とからなる全体であって、この関係は一連の変形過程を通じて不変の特性を保持する」。ありていに言えば、「構造」とは社会システムに秩序あらしめている「パターン(型)」全般のことである。「パターン」の具体的なありようは絶えず変形するが、その「パターン」としての形式自体は不変である。レヴィ=ストロ
ースは、人間社会とその歴史をこの「パターン」の変形と保持そのものであると考えた。そして、その「パターン」こそがまさに「人間性」に他ならないと考えた。この「パターン」は、社会システム間のあらゆる差異を超えて、還元不可能な一定の同一性をもつ。言い換えれば、この「パターン」が仮に無化されるとすれば、そのとき「人間性」は失われるのである。レヴィ=ストロースが終生こだわり抜いた点は、この人間性の根幹としての「パターン」がまさに「自然」に根ざしているという事実である。彼は、人間が究極的には自然に根ざした存在でしかないことを一貫して強調し続けた。その意味で、彼の仕事全体は、単に人間同士の相互作用を扱う社会哲学でもなければ、単に人間の生命過程を扱うだけの自然科学でもなく、人間と自然との相互作用の質と意味を考え抜く「自然哲学」に他ならなかったといえよう。そして、今日、人類が真に必要としている人間科学とは、まさにこの「自然哲学」に他ならない。