脳神経科学の進展に伴って発生しうる倫理的問題を扱う応用倫理学の一分野であり、21世紀に入って専門領域として確立しつつある。脳神経倫理学が扱う課題は、生命倫理学と類比的に捉えうる「脳神経科学の倫理」だけではない。「倫理の脳神経科学」をも研究対象とする。
脳神経科学はいまや脳の働きを詳細に読み取り、さらには操作する可能性まで手に入れようとしている。たとえば、心の働きが脳神経科学によって解明されていくかもしれない。すると脳の活動を正確に測定することで他人の心の働きまで読み取ること(マインド・リーディング)ができるようになる恐れがある。それどころか、薬や外科的手法によって心を人為的に改変する可能性も見込まれている。だが、私たちはこのような心の外部操作を、容易には受け入れることはできないと思われる。心に技術的に介入することはすなわち人格を改造することに直結する。しかし、それは倫理的に許されないのではないのか。こういった問いに取り組むのが「脳神経科学の倫理」である。
脳科学はまた、私たちの道徳的判断そのものをも分析対象に据えている。倫理的な事柄に関する思考や判断がなされるとき、さまざまな感情がどのような役割を果たすのか、そのとき活性化されるのは脳のどの部位なのかについて詳細なデータが収集されている。このように、私たちの倫理や道徳が「倫理の脳神経科学」によって科学的に明らかにされつつある。