「ダブル・バインド」すなわち「二重の拘束」とは、ベイトソン(Gregory Bateson 1904~80)が提示した概念で、一方の命令に従うと、別の命令や要求に背くことになる事態を指す。ベイトソンは、ラッセル(Bertrand Russell 1872~1970)による論理階的理論(Theory of Logical Types)をヒントに、「統合失調症」(schizophrenia)の原因を考察した。彼の考えでは、統合失調症の患者においては、コミュニケーションにおいて営まれている様々な類型(ベイトソンがLogical Typesと呼ぶもの)をうまく分類することができず、解決不能な状態に陥る。その事例としてベイトソンが挙げるのは、子供と母親との関係である。親の愛情を求める子供が、「早くベッドに行って寝なさい」と言われたとする。その場合、親の命令に従って寝ようとすると、愛情の対象である親から離れなければならない。だが親に愛情を示してもらおうとして親に近づくなら、「早く寝なさい」という親の命令に背くことになる。この場合、子供の「愛してもらいたい」という欲求の類型と、それとは異なる次元の「早く寝なさい」という言葉による命令が、子供においてはどちらの要求にも従うこともできず、「ダブル・バインド」として感じられ、子供はその状況から抜け出すことが困難になる。統合失調症の患者はこの子供と同様に、身動きできない状況に陥っているとされたのである。ベイトソンはコミュニケーションこそその状況を抜け出す契機であると考えたが、「ダブル・バインド」という概念が提示した事態の重要性は、後年様々な論者によって違った文脈において論じられることになった。ジラール(Ren Girard 1923~)の『暴力と聖なるもの』(1972年)、ドゥルーズ(Gilles Deleuze 1925~95)とガタリ(Pierre-Flix Guattari 1930~92)による共著『アンチ・オイディプス』(1972年)で取り上げられたほか、デリダ(Jacques Derrida 1930~2004)は「責任」の問題として、すなわち誰か一人に対して責任を果たそうとすると、ただちに別の人に対する責任を裏切ることになるという状況を「ダブル・バインド」と呼んで問題化した。