ギリシャ語に由来する語で、しばしば「模倣」と訳される。古典的な芸術論においては、芸術の基礎的なあり方を示す概念であった。ただしそうした用法は、多分に限定的なものである。特に20世紀以降、ミメーシスは、社会理論、人類学、心理学、生物学、言語学、哲学などの広範な領域において、「模倣」という訳語には収まりえない多様な意味(例えば「同化・同一化」「擬態」「再現・表象」「表現・表出」等)を担う重要な概念となっている。
語源については諸説があり、儀礼的な舞踏に関連するものとも、役者(mime)のふるまいにかかわるものともいわれる。ただしいずれにせよ、古代ギリシャではやがて、芸術の基本的なあり方を示す語として広く用いられるようになった。例えばプラトン(Platon 紀元前428/427~前348/347)は『国家』第10巻で、絵画や詩をいわば模倣の模倣(「イデア」を模倣した現実の事物を模倣するもの)にすぎないものとみなし、否定的な意味づけを行っている。一方、アリストテレス(Aristotels 前384~前322)は、芸術におけるミメーシスを、たんなる現実の模倣という意味を超えて、事物をより美しく、よりよく提示するものとして、積極的な形で理解した。
アリストテレスの思考に由来する、芸術の原理として積極的に捉えられたミメーシスの概念は、その後、特に「自然」の「模倣(imitatio 羅)」という意味において、中世・近世の芸術論に引き継がれた。しかし例えばプラトン自身にあって、イデアへの「同化」という意味でも用いられていたように、ミメーシスには元来、「模倣」という意味には尽きないあり方が見込まれていた。ただし、そのことが全面的に露呈するのは、主として現代においてである。
19世紀後半の、生物学における「擬態」の発見、人類学における「模倣呪術」への着目、さらに発達心理学における模倣的な諸現象(幼少期における他者への「同化」等)の研究などを機縁として、20世紀前半以降、ミメーシスは多様な領域で、特に人間の様々な活動の基底をなすあり方として積極的に論究されることになった。例えばベンヤミン(Walter Benjamin 1892~1940)の「言語」論、ホルクハイマー(Max Horkheimer 1895~1973)とアドルノ(Theodor W. Adorno 1903~69)の歴史哲学や文化理論、ジラール(Ren Girard 1923~)の「欲望」論、ラクー=ラバルト(Philippe Lacoue-Labarthe 1940~2007)の思考などが代表的である。ドゥルーズ(Gilles Deleuze 1925~95)やボードリヤール(Jean Baudrillard 1929~2007)が展開した「シミュラークル」の概念もまた、ミメーシスと重なる問題圏に属したものといえる。
こうしてミメーシスは、現代の様々な思想家が考えたように、いわば他者や世界へと同化し自失しようとする人間の始原的なあり方に焦点をあてる概念として、例えば「自己」の同一性や固有性といった事がらを批判的に問い直すうえでの鍵概念となっている。