田山花袋などの自然主義の嫡子として生まれ、日本の近代小説の正統的な主流となったジャンル。「私」や「僕」という語り手の一人称、あるいは作者自身と思われる三人称の語りによる日常生活の記録という趣を持つ。宇野浩二、葛西善蔵、嘉村礒多、志賀直哉、滝井孝作、尾崎一雄、上林暁などの私小説作家が、日本の近代文学史を彩っている。現代では内向の世代の阿部昭や高井有一などの作品にその傾向が強く残っていた。私小説の衣鉢を継ぐ作家と自任していた車谷長吉が、2004年モデル問題のために私小説を書くことを放棄すると宣言したが、07年に『暗渠の宿』で野間新人賞を受賞した西村賢太や、『童貞放浪記』(08年)など、アカデミズムのなかの‘もてない男’の状況を執拗(しつよう)に描く小谷野敦のような、特異な私小説作家も登場している。