1948年4月24日生まれ。慶応義塾大学在学中から演劇活動を始め、74~82年、劇団「つかこうへい事務所」を主宰。小劇場演劇の中で、寺山修司や唐十郎らの世代と、野田秀樹以後の世代の中間に位置し、活動や作風においても他に類をみない独自性を発揮した。その背景には70年代の世相もあった。戦後の混乱期から高度成長、安保闘争・学生運動の時代に影響を受けながら、その主体とはなり得ず、遊戯やオタク的小世界にも安住できない若者が、独自の価値観を求めて鋭い角度で社会に切り込み、一見奇想天外ながら実存的な行動を展開するこの時期の作品は、台本が常に流動する「口立て」の手法で作り上げられ、観客に対しては良質のエンターテインメントでありながら、過激なライブセッションの場である演劇を強く意識している。ここに参加することによって大きな影響を受けた演劇人は数多い。代表作に「熱海殺人事件」「戦争で死ねなかったお父さんのために」「いつも心に太陽を」など。「蒲田行進曲」の小説化により直木賞を受賞して後、しばらく舞台から退く。94年から「北区つかこうへい劇団」を指導。2010年7月10日死去。