2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻以後、アメリカ発の金融危機の発生は急速に深刻化し、ヨーロッパの大手金融機関を巻き込んだ世界的な危機に発展した。この世界的な金融危機は、アメリカの住宅価格バブルの崩壊だけでは説明できないように思われる。アメリカのサブプライム貸し出しなど、住宅ローンの不良債権化に伴う金融機関の損失は、かなり幅広く見積もっても1兆ドル程度であり、約100兆円(1米ドル=100円で換算、以下同じ)と考えられている。これは、日本の資産価格バブル崩壊後に銀行部門が被った損失と同じ程度の金額である。アメリカ経済の規模は日本の約3倍弱であり、かつサブプライム関連損失の4割程度が、ヨーロッパ系金融機関で発生していることを考慮すると、日本の金融危機と比較してそれほど深刻なものとは言えない。このためリーマン破綻以後、政府による巨額の資本注入や連邦準備制度による企業への直接貸し出しなど、日本の金融危機時を上回るほどの金融安定化策が必要になったアメリカ金融システムの大混乱を、サブプライムローンの損失だけでは説明するのが難しい。特に、アメリカ政府による70兆円規模の緊急金融安定策が連邦議会を通過し、財務省が大手金融機関に対する25兆円の資本注入に踏み切っても、世界的な金融市場の閉塞状態が続いている。サブプライム問題に加えてCDS(クレジット・デフォルト・スワップ credit default swap)など金融派生商品(→「デリバティブ」)取引の評価に大きなひずみがあり、金融機関の財務諸表に巨額の架空資産が計上されている可能性が指摘されている。
実際、大手保険会社であるAIGの経営危機は、金融派生商品取引の含み損拡大によって発生した。AIGの金融派生商品取引を行うロンドン法人は、高格付けのサブプライムローンの証券化商品について、その債務不履行リスクを保証するタイプのCDSを大量に販売した。換言すれば、証券化商品の元本を保証することで、保証料収入を得た。AIGの得たCDSの保証料は、将来の元本保証コストに大体見合っているはずであり、本来は大半を積み立てて支払いに備えるべきものである。しかし実際には、大部分を収益と認識していた。これは、AIGがCDS債務を大幅に過小評価していたことを示している。