2011年の総選挙で勝利したタイ貢献党のインラック・シナワット党首がタイで初の女性首相に就任、同年8月に発足した政権。インラック首相は大富豪のタクシン元首相の妹で、アメリカ留学経験もあるビジネスエリートだった。タクシン元首相が06年の国軍クーデターで亡命して以来、タクシン派と反タクシン派の激しい対立が続く中、兄に代わって政界入り。総選挙では「インラック旋風」で大勝し、対立に終止符を打つものと期待されていた。だが、「携帯電話で亡命中の兄の指示をあおいでいる」「タイ大洪水の対応も後手に回った」などと批判も浴びた。また、13年夏にはタクシンの帰国を可能にする恩赦法案を下院で強行採決したが、野党の猛反発に合い、上院で否決された。インラック政権打倒を目指す反タクシン派は、同年10月から首都圏の政府機関を占拠するなどして抵抗。警官隊との衝突で死傷者も出るなど、両派の対立は再燃した。14年2月には総選挙を強行したが、反対勢力の妨害により全国の2割で実施できなかった。さらに同年5月に憲法裁判所から国家安全保障会議事務局長の人事への「不当介入」が認定され、失職した。混乱が続く中、同月軍部がクーデターで政権を掌握(→「プラユット政権」)。15年1月には在職中のコメの買い上げ制度で「国に多額の損失を与えた」として職務怠慢容疑で弾劾され、公民権を5年間停止されたうえ裁判にかけられたが、17年8月の判決公判を欠席。国外に逃亡したまま同年9月27日、最高裁は禁固5年の実刑判決を下した。最高裁は逮捕状を出してインラックの行方を追っているが、イギリスに滞在しているとも伝えられている。