地上~(通信)衛星間、あるいは衛星~衛星間の光通信による量子暗号。衛星を介した地球規模の地上~地上間量子暗号、あるいは地上の移動通信量子暗号の手段になり得る。対比されるものとしては、光ファイバーを使う地上の固定局間量子暗号がある。光ファイバー通信量子暗号は、日本のように光ファイバーケーブル敷設がある程度行き渡っていて、新たに敷設することも困難ではない国に向いている。しかし、遠方の国との量子暗号の通信や、国内でもモバイル機器による量子暗号の利用を考えた場合に、衛星を介した量子暗号を使用する可能性がある。
問題となるのは、信号として使う光の損失である。有線である光ファイバー通信では、石英光ファイバーの損失が最小となり、かつ伝送帯域が最大になる波長1.5μm(マイクロメートル:10-6m)の光が使われるのに対し、無線である空間ビーム光通信では、大気中の光損失が最小となる波長0.8μmの光が用いられる。宇宙空間では光の吸収損失はないが、光ビームの回折広がりにより、長距離になるほど回折損失が大きくなるほか、大気中では大気のゆらぎが光通信に不安定要素をもたらすため、そのゆらぎを追随して除去する技術も必要となる。
2018年現在まで、衛星通信量子暗号は欧米を中心に基礎的研究が行われてきたが、中国は16年に「墨子(Mozi ; Micius)」と命名された人工衛星を打ち上げ、「墨子により、いったん量子リピーター(量子中継機)ではない通常の中継器で“古典中継”された量子暗号」をオーストリアと中国の間で通信する実用レベルの実験を行った。この成果については18年1月に「フィジカル・レビュー・レターズ」誌に論文が掲載され、これは中国~墨子間は量子暗号で、かつ墨子~オーストリア間も量子暗号であるが、墨子が中国からオーストリアに移動する間は通常の“古典暗号鍵”に落とされており、「いったん“古典中継”されている」という意味では、全体として完全な量子暗号にはなっていない。しかし、この暗号鍵を信頼するならばテレビ会議も秘匿で行えるという点で、使い勝手は実用レベルにあり、大きな進歩をもたらした。
この開発以外では、アメリカや欧州連合で行っている衛星を使った実験、それに日本の衛星「ソクラテス(SOCRATES)」を使った実験があるが、量子暗号に向けた基礎的量子通信であったり、量子暗号であっても地球規模までには至っていないものであったりする。一方で、衛星の形態の違いもある。たとえば、ドイツのマックスプランク研究所の実験では高度約4万kmの静止衛星が用いられ、常に自国から見える赤道上空にあるため、常時使えるメリットがある。しかし、高度が高く、回折損失低減が課題である。これに対し、中国の墨子は高度400kmほどで世界中を回るGPS衛星と同種である。日本のソクラテスは高度600kmで小型かつ経済性に優れており、多数の衛星で世界をカバーする運用に向いている。