ユークリッドの「原論」では、その五つの公準のうち、5番目の公準の文章が長く、ほかの公準から導けるのではないかと思われていた。5番目の公準とは、「ある直線lとその外の任意の点Pについて、Pを通りlと平行な直線が必ず1本存在する」というもので、平行線の公理(parallel postulate)とも呼ばれる。イタリアの神父だったG.サッケリーは、他の公理から平行線の公理を証明しようとしたあげく、「この公理を仮定すると、三角形の内角の和が180°とならなくなってしまう」と公理の否定を証明したと思い込んだ。彼を含む当時の人々にとっては、三角形の内角の和が180°というのは、公理に入っていなくても、当然帰結できるはずのものだった。だから、1~4の公準が成り立つ体系において、平行線の公理との関係で矛盾が見つかれば、1~4の公準の下で平行線の公理は成り立たないことになる。
しかし、のちに研究が進んで、「三角形の内角の和が180°」は、「平行な直線がただ1本だけ存在する」と同値な命題であることが示される。サッケリーが気づかずに示したのは、非ユークリッド幾何学だったといわれる。その意味では、非ユークリッド幾何学そのものが、サッケリーにとって、パラドックスだったのである。その後、ガウスがその幾何学に気づいても発表しなかったのは、あまりに世間の常識とはずれていたからだともいわれている。