ニュートン力学ではカオス(古典カオス classical chaos)は容易に起こる。では、より基本的な力学法則である量子力学ではカオスは可能だろうか。実は、不確定性原理(→「コペンハーゲン解釈」)のために軌道を一本の線として描くことができず、カオスの特徴づけに不可欠な軌道不安定性という概念が成立しない。その意味で「量子カオス」という言葉は矛盾をはらむ。だが、その古典近似がカオスを示すような量子系は、さまざまな性質に古典カオスの特徴が反映される。微細加工技術の進歩によって、電子の平均自由行程より短い径をもつ空洞(バリスティック系 ballistic system)内で電子をビリヤード玉のように運動させる量子ビリヤード(quantum billiards)が可能になるなど、実験方面からの研究が活発化している。