レーザー光を用いて人工的に作られた結晶格子。同一周波数をもち、互いに逆向きに伝播する2本のレーザー光は、干渉によって静的な周期ポテンシャルを作り出す。この周期ポテンシャルのそれぞれの谷に中性原子を捕捉することで、周期的な原子配列、すなわち結晶が人工的に作られる。このようなレーザー光対を3対用いれば三次元結晶ができるわけである。こうして作られた人工結晶は、レーザー光の強度や周波数を変えればポテンシャルの深さや周期を自由に変えることができるので、凝縮系物理学の研究にとって格好の舞台をあたえている。捕捉される原子は、量子力学的なトンネル効果によってポテンシャルの山を越えることができるので、それがフェルミ粒子(Fermi particle 2個以上が同一の量子状態を占められない粒子で、フェルミオン〈fermion〉とも)なら、条件によっては金属中の自由電子のように周期ポテンシャル中を自由に動き回るが、逆に原子間相関によって各サイトにそれらが局在した絶縁状態になる場合もある。つまり、電子レベルでなく原子レベルでモット転移(Mott transition 金属状態から絶縁状態へ、あるいはその逆の転移)が見られるわけである。現在では、モット転移は高温超伝導の発生機構とも密接に関係していることがわかっているので、光格子を用いてモット転移の本質を解明することに強い関心がもたれている。捕捉原子がボーズ粒子(Bose particle 同一の量子状態を何個でも占めることのできる粒子で、ボゾン〈boson〉とも)の場合には、モット転移による金属状態への転移は超流動状態への転移に対応する。個体状態で超流動というのは一見矛盾に聞こえるが、超個体(supersolid)と呼ばれるそのような状態の可能性は、理論的には以前から予想されていた。現実の物質における超個体状態の確証はいまだ得られていないが、少なくとも光格子という人工結晶ではこれが実現される。光格子はまた光格子時計(optical lattice clock)と呼ばれる超高精度の原子時計の製作にも用いられ、将来的には量子計算(量子コンピューティング)における記憶保持装置(レジスター)として用いられる可能性もある。