19世紀初め、J.J.ベルセリウスが有機化学や有機化合物という用語を使い始めるまでは、有機化学と無機化学の間に区別はなかった。だが、1828年にF.ウェーラーが無機化合物から有機化合物の尿素の合成に成功し、「有機化合物は生命だけがつくり出せるもの」と考えられていた生気説(vitalism)が衰えた結果もあって有機化学が発展。化学が無機化学と有機化学の二つの分野に分かれてきた。19世紀半ばの無機化学は、D.メンデレーエフの周期表の発表と、周期表は完全ではなく未発見の元素があるという提案に大きな刺激を受けた。1894年のアルゴンとそれに続く一連の希ガス(貴ガス noble gas)の発見、さらには希土類(レアアース rare earth)の発見によって、周期表は現在の形になった。そして、人工放射性元素は周期表に記載される原子の数を少しずつだが増やしている(→「超ウラン元素」)。無機化学は炭素化合物以外のすべての物質を扱うから、その範囲も広く、元素化学(elemental chemistry)、錯体化学(coordination chemistry)、有機金属化学(organometallic chemistry)、生物無機化学(biological inorganic chemistry)、放射化学(radiochemistry)、地球化学(geochemistry)、海洋化学(chemical oceanography)、大気化学(atmospheric chemistry)などの諸分野は無機化学の一部とみなせる。化合物の数でこそ、無機化合物(inorganic compound)は有機化合物(organic compound)に及ばないが、工業製品の生産量でいえば、鉄鋼、セメント、ガラスなどの生産量は繊維や食品などの有機物質の生産量をはるかに上回っている。