「動物」(人間以外の動物)に対する人間のあるべき関わり方、ないし正当化されうるふるまい方をめぐる考え・思想、またそれを研究する学問領域のこと。動物と人間のあるべき関係をめぐっては古来様々な考え方が存在してきたが、20世紀後半に「動物の解放」(animal liberation)や「動物の権利」(animal rights)を主張する倫理学説や実践的運動が広く賛否を呼び起こす形で現れて以降、しだいに「動物倫理(学)」というくくられ方が行われるようになった。
動物と人間の関わりは人間の歴史と同じだけ古く、あるべき関係のあり方についても古くから様々なしかたで論じられてきた。西洋思想においても多様な考え方があったが、傾向としては、「理性」の欠如といった想定のもとで、動物を人間の下位におき、人間の目的のためのその利用を正当化する考え方が主流をなしてきた。物心二元論に基づき動物を「自動機械」とみなしたデカルト(R. Descartes 1596~1650)のような立場がその典型となるだけでなく、動物に対する配慮を「間接的な」義務として主張したカント(Immanuel Kant 1724~1804)のような立場もこの流れに属するといえる。
ただし、モンテーニュ(M. E. de Montaigne 1533~1592)をはじめ、人間中心主義(anthropocentrism)の傾向とは相いれない思想家の系譜も存在しており、特に18世紀末葉以降には、古典的な功利主義の立場に基づき、動物についても「苦しみうる」存在として平等な扱いをすべきとしたベンサム(Jeremy Bentham 1748~1832)や、「同情(共苦)」(Mitleid 独)に基づく倫理を唱え、動物もその対象に含めたショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer 1788~1860)らの主張が現われた。また社会運動としては、19世紀のイギリスで、動物の虐待を防止しようとする動物愛護運動が始まり、やがて世界各地に広がった。
一方で、科学技術の進展、産業化の拡大等に伴い、様々な形での動物の利用が広がり、20世紀後半には、多種多様な動物実験や大規模な「工場畜産」が行われるようになった。しかし、動物を単なる物や資源として扱い、倫理的配慮の対象としない動物利用のあり方に対しては、しだいに批判がなされるようになり、利用される動物に苦痛の緩和等の形で配慮する「動物福祉」(animal welfare)の取り組みも行われるようになった。そうしたなかで、動物倫理にとって大きな転機となったのは、1970年代以降に登場した「動物の解放」や「動物の権利」を求めるラディカルな思想と運動である。
まずその決定的な一歩となったのは、1975年に『動物の解放』という著書を出版したピーター・シンガー(Peter Singer 1946~)の主張である。功利主義に依拠するシンガーは、従来の動物利用のあり方を、「種」に対する(人種差別や性差別と同様に)いわれのない差別、「種差別」(speciesism)として批判し、苦痛と快楽を感じる能力のある動物すべてに対して人間と平等な倫理的配慮をなすべきことを主張した。他方で、義務論の立場をとるトム・レーガン(Tom Regan 1938~2017)は「動物の権利」を主張し、シンガーとともに大きな影響をもたらした。レーガンは、一定の知的な心理的能力をもつ存在を、それ自体に価値があり、それゆえに人間と同じ基本的な権利をもつ「生の主体」として捉え、そうした能力を有する動物の利用そのものを批判した。
その後の動物倫理学においては、シンガーとレーガンの主張を前提としながら、動物に対する配慮や義務についての多様な基礎づけや説明が、様々な理論的立場から批判を介しつつ行われている。なお、近年耳目を集めている立場の一つに、ゲイリー・フランシオン(Gary Francione 1954~)の廃止論(abolitionism)がある。フランシオンは動物の権利論を先鋭化し、苦痛や快楽を感じる能力をもついっさいの動物について、それを所有物として利用すること自体を批判し、そうした動物利用を認める諸制度(「動物所有制度」)の廃止を唱えている。また現代の思想動向にあっては、動物の権利論等に関わる狭義の倫理学説には収まらない多様な議論が展開されており、例えばその一つとして、いわば「他者」論として「動物」の問いをたて、動物たちに対する複雑な暴力への批判を行ったデリダ(Jacques Derrida 1930~2004)の思考がある。