世界的に活躍する建築家であると同時に、その知名度の高さから社会的な影響力ももつ。1941年大阪生まれで、伊東豊雄(1941~)や長谷川逸子(1941~)らと同世代である。プロボクサーになったのち建築を志すという異色の経歴の持ち主で、76年の住吉の長屋で、大阪の古い長屋が立ち並ぶなかにコンクリート打ち放しの無表情なファサードの小住宅を設計し、日本建築学会賞を受賞、脚光を浴びた。当初は関西を中心に住宅や商業施設を手がけていたが、80年代後半から美術館をはじめとする公共施設、90年代からは海外の物件も数多く手がけるようになった。95年にプリツカー賞を受賞。97年より東京大学で教授を務めた。モダニズムを基調としつつ、場所性を読み込む幾何学的なデザインを特徴とする。禁欲的なミニマリズムの作風は、海外においては日本的であると解釈され、高く評価されている。2000年以降は同潤会アパート跡地の、内部にスロープをはりめぐらせた表参道ヒルズ(06年)など、東京のプロジェクトが目立つ。また社会問題にも積極的に発言し、阪神・淡路大震災後の植樹活動などを行っている。