材料のエネルギーと波数の関係を示すバンド構造(band structure 電子が特定の原子に属さず結晶内を動き回り、エネルギー準位がある範囲に広がった帯状になる構造)をみたときに、エネルギーの極小状態をもつ波数の位置が複数ある場合、電子はどこの「谷(バレー)」に入るかの自由度をもつ。このバレーのもつ自由度をスピン(電子の磁気的性質を決めるもので、電子の自転になぞらえることも多い)などと同様に制御して、新しい機能に結び付けようというのがバレートロニクスである。一般の物質や真空は「バレー自由度」をもたないが、半導体として広く使用されているシリコンはバレー自由度を有している。新しく出てきた材料であるグラフェン、ダイヤモンド、さらには二硫化モリブデンなどカルコゲナイド系原子層(layered chalcogenide materials)もバレー自由度があり、研究の歴史はまだ浅いが、この新たな量子力学的自由度をエレクトロニクス、スピントロニクスに続く第三のエレクトロニクスにしようとする試みが広がっている。
両側をシリコン酸化膜に挟まれたシリコン量子井戸(quantum well 電子が落ち込みやすい微小構造)では、電界によりバレーの重なり状況を変化させることも可能であり、バレーやスピンを分離させると、二次元系の絶縁特性が強くなることが報告されている。さらに、最近では、バレーを分離することによりスピンの分離の仕方が変化することが確認され、バレーとスピンを結び付ける可能性が示された。二硫化モリブデン原子層膜でも、バレーに依存したスピン分極など、バレートロニクスの基本となる面白い性質が見えてきている。グラフェンではバレー流の形成、検出も報告され、スピン流と同様な新しい展開が期待されている(→「スピンホール効果/逆スピンホール効果」「スピン・ゼーベック効果」「スピン波伝搬/スピン波デバイス」)。