原子核のβ崩壊でのP(パリティー)対称性の破れがリー・ヤンのニュートリノ左巻き理論(→「ニュートリノ質量」)で説明されたのは1957年であったが、続いて64年にCP対称性の破れもK中間子の崩壊で実験的に発見された。N.キャビボーらは、これを場の理論の相互作用項での混合の考えで整理したが、CP対称性の破れの必然性は説明できなかった。71年に電弱理論(→「標準理論」)が繰り込み可能であることが証明されたが、小林誠と益川敏英はこれを受けて、73年にこの理論にCP対称性の破れを組み込む試みをした。そしてCP対称性が必然的に存在するためには、クォークとレプトンの世代の数が3世代以上であることを、「混合の行列」の自由度の数の勘定から明らかにした。その後の実験で、95年には3世代が確認され、2003年ごろまでには、CP対称性の破れのタイプが小林・益川行列(混合の行列)であることを日本とスタンフォードの実験グループが検証した(→「Bファクトリー」)。