印パ関係は、1998年5月の両国の核実験後、99年2月のラホール首相会談で好転したかに見えたが、同年5月からのカシミールにおけるカルギル紛争で再び険悪化した(→「カシミール問題」)。2001年12月にはパキスタンの武装ゲリラによるインド連邦議事堂襲撃事件が発生したが、戦争への危機は一応回避された。03年4月、インドのバジパイ首相はカシミールで演説を行い、関係改善のための対話を提唱した。高等弁務官の交換や、バス交通なども再開された。04年には、南アジア地域協力連合(SAARC)首脳会議に際して両国首脳が会談し、その後、複合的対話と呼ばれる信頼醸成を目的とする一連の協議が進展した。「複合的対話」のもとで、カシミールでの兵力の削減、両国占領地域間のバス交通、両国のパンジャブ地域間バス交通、コクラパル―ムナバオ間国境鉄道の40年ぶりの再開などが実現した。一方、インド国内では、パキスタンのテロ組織と関連した事件が、06年7月のムンバイ列車同時爆破事件、さらには08年11月のムンバイ同時テロ事件などと、続発している。この事件を指揮したパキスタンのテロ組織ラシュカレ・タイバ幹部の裁判では、パキスタンがインド側に情報提供を要求し、担当裁判官を頻繁に交代させるなどして、裁判を引き延ばしており、インド側は不満を募らせている。そのため事件以降、両国間の実質的な対話は停止状態にある。11年7月以降、外相レベルの接触が開始され、貿易拡大、ビザの緩和などに関する協議が始まったが、両国関係は完全には修復されていない。米軍等の撤退後のアフガニスタンへの影響力をめぐっても両国は激しい駆け引きを展開している。(「南アジア・アフガニスタン関係」)