各府省の大臣と副大臣と政務官から構成される会議。2009年9月に成立した鳩山由紀夫内閣において、府省の最高の意思決定はこの政務三役会議においてなされる。民主党が唱える政治主導の政策決定の要となる。大臣チームとも呼ばれる。政務三役会議には官僚は出席しないのが原則のようであるが、総務省や防衛省のように、秘書官や総括課長の出席が認められている場合もある。政務三役という言葉は、民主党が政治主導の政権構想を発案する中で、各府省の大臣と副大臣と政務官の三者から構成される会議を構想し、それを政務三役会議と呼ぶようになったのが始めである。09年8月の総選挙に向けて作成された民主党のマニフェストの中で、民主党は、「官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ」と「政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ」という「原則」を掲げ、「政府に大臣、副大臣、政務官(以上、政務三役)、大臣補佐官などの国会議員約100人を配置し、政務三役を中心に政治主導で政策を立案、調整、決定する」と唱えた。
最初の民主党政権である鳩山内閣では、大臣は連立与党である社民党と国民新党からそれぞれ党首が入閣したほかは、すべて民主党議員である。当選回数から見ると、首相を含めて、衆議院議員では、当選4回が1人、5回が2人、6回が3人、7回と8回が各2人、10回が1人、そして、11回が1人となっていて、メディアン(中央値)は当選7回である。参議院議員は当選2回が1人、3回が2人、そして、4回が1人、メディアンは3回となっている。
副大臣と政務官は大臣が適任者を選んだ。そのうち副大臣は22人で、20人が民主党から、連立政権を構成する社民党と国民新党からそれぞれ1人が任命されている。麻生内閣では衆議院議員が圧倒的多数であったが、鳩山内閣では、副大臣が複数の場合には衆議院と参議院の両者からほぼ同数が任命されている。当選回数では、衆議院議員では当選7回は1人、5回が6人、4回が4人、3回が2人で、メディアンは当選5回となっている。参議院では、当選3回が1人、当選2回が6人、当選1回だが衆議院議員であったことがあるものが2人いる。当選2回が大部分である。政務官は各府省1~3人で、合計25人。当選回数は衆院2~4回、参院は1~3回で、中堅・若手の議員が中心である。
自民党時代には、副大臣や政務官は府省の政策決定にはあまり関与していなかったが、民主党内閣では、大臣と副大臣と政務官が「大臣チーム」を構成して、府省の政策を決定するという重要な役割を担う。民主党政権の当初は官僚を排除する傾向が強かったが、次第に官僚の意見も取り込むようになったといわれる。