参議院(参院)の存在意義は憲法制定の際から問われてきたが、1955年の自由民主党(自民党)の結成以降は参院は衆議院(衆院)のカーボンコピーに過ぎないとの批判があり、無用論や廃止論も説かれた。参院は世界の上院の中では強い権限を有する方だが、政党の党議拘束の強いわが国では、衆参で共に過半数を占める政党があれば参院の独自性は発揮されない。歴代議長は、参院改革に取り組んだが、その成果は限定的だった。しかし90年代の連立政権の時代に入ると、参院での過半数確保が連立政権の組み合わせを決める重要な要素になった。また2000年に衆参に憲法調査会が設置されて憲法改正論議が活発化し、05年の通常国会で郵政民営化法案を参院が否決したことなどから、あらためて参院の存在意義をめぐる議論が提起された。さらに07年の参院選挙でねじれ国会となって以降は、参院は一転して政府与党攻撃のとりでとなった。09年の第45回総選挙で民主党が衆院の圧倒的多数を獲得しながら、社会民主党(社民党)、国民新党と連立を組んだのは、参院で過半数を占めていなかったため。その後社民党が連立から離脱し、10年の参院選挙で民主党が大敗したことにより、与党は参院で過半数を失い、法案成立に苦労することになった。12年の総選挙で政権に復帰した自民・公明は、13年7月の参院議員通常選挙でも勝利して、ねじれは解消された。参院は、衆院の多数派との関係で、無用の存在とされたり、一転して国政の行方を決める重要な機関となったりしており、その存在意義は今後も模索されていくことになろう。