外貨準備の積極運用めざす
2007年1月、中国政府は「全国金融工作会議」を北京で開催した。この会議は、金融市場改革や債券市場創出など、今後、中国経済が自律的に発展していくために不可欠な、金融関連の広範なテーマを討議するため設定されたもの。その席上、行政の責任者として、温家宝首相は、当時、すでに1兆ドルを超えるに至っていた外貨準備()を、政府として、今後は積極的に活用・運用していく旨の方針を正式に表明、以後、国家外貨投資公司準備指導小組(座長:楼継偉・国務院副秘書長)が新規に組織化され、運用機関設立に向けた諸々の検討が行われた。
準備小組の第1回全体会合は3月15日、第2回会合は5月17日。そして、6月29日の全人代(全国人民代表大会)常務委員会では、国家外貨投資公司の原資に充当するため、1兆5500億元(2000億ドル相当)の特別国債発行枠が承認されるなど、準備作業は急ピッチで進展した。実際の国債発行は、報道によると、6000億元、6000億元、そして3500億元と、3回に分けて行われるという。
設立前、政治的思惑で米ファンドに出資
注目されるのは、9月の国家外貨投資公司(名称は中国投資有限責任公司)設立よりかなり以前の5月20日、外貨準備を原資に予定した第1号の投資として、アメリカの有力ファンド「ブラックストーン・グループ」に30億ドルを出資することが、早々と決められたことだろう。そのメカニズムは、まず、既存の中央匯金投資公司が出資し、国家外貨投資公司が設立された暁には、後者が前者から出資を引き継ぐことになるとのこと。もちろん、こうした迅速な、しかも、外貨準備を原資に外国のファンドに出資するという、あまり例を見ないやり方での出資決定は、直後の5月22日から、第2回米中戦略対話がワシントンで開催される、という政治状況ゆえであった。そこには、対米投資の拡大による国際収支不均衡改善の姿勢を示すことで、アメリカからの批判を緩和したい、との中国としての政治的思惑が垣間見られた。
運用資金規模は2000億ドル
現在までのところ、外部に漏れ出てきたニュースなどを総合すると、国家外貨投資公司の概要は、おおむね以下のようなものになるだろう。①当初の運用資金は2000億ドル。まず、特別国債が発行され、それを中国農業銀行が仲介機構となっていったん引き受ける。国家外貨投資公司は、特別国債発行で得た資金で外貨を購入する。これが外貨運用の原資となる。
②上記①に関連しては、中国は、中央銀行が国債を直接引き受けるのを禁じており、かといって、いきなり市場で発行すれば、購入者は結局、商業銀行となって、金利上昇は不可避だろうし、現状では、新設の投資公司の債券をとても引き受けられる状況にない。それゆえ、便宜的に、中国農業銀行に一括引き受けさせる措置に落ち着いた、と考えられる。もちろん、購入資金は、結局は中央銀行の中国人民銀行が供給し、最終的には、人民銀行は特別国債を自身の資産に計上、その後、公開市場操作の一環として、それら国債を市場に流していく。この点、特別国債発行が将来の債券市場育成にプラスに働く、との計算もあるように思われる。
③また、設立準備期間中に明らかになった、ブラックストーンへの30億ドル出資に関連して、アメリカの弁護士は次のように解説する。「アメリカでは、国家安全保障の見地から、政府内に外国投資委員会(CFIUS)が設置されている。このメカニズムの中で、阻止することが出来る外国からの投資は、国家安全保障を脅かす可能性のある、合併、買収、乗っ取りであり、ブラックストーンのケースの場合、中国側が購入するのは、無議決権株式で、かつ、出資比率10%未満に熟慮して抑えられている。要は、議決権つき株式の購入でない限り、買収の定義にあたらず、また、保有株式比率が10%未満であれば、買収とみなされない。つまり、CFIUSのチェック対象にはならない」。
④このブラックストーンへの出資決定の直後、人民銀行(中央銀行)自身、イギリス第3位のガス生産企業であるBGグループの株1500万株(出資比率は1%未満)を取得している。今後は、規制色が強いアメリカを避け、相対的に外資にオープンなイギリスにも、出資の手を伸ばしていくのでは、との憶測も聞かれている。国家外貨投資公司設立の後は、このイギリス金融機関への出資案件なども、同公司の出資に付け替えられることになる可能性もある。
ファンドは国内金融改革の一環
冒頭に記したように、今回の外貨運用機関創設は、全国金融工作会議という、中国の金融関連制度全般を幅広く討議する中で生じている。その場では、中国経済が今後、自律発展を継続していくために不可欠な、健全な国内金融市場造り、あるいは、債券市場の育成や関連金融商品の創出、対外不均衡是正のための為替調整、先端技術確保のための外国企業買収やそのための海外投資促進スキームの創出、そして、外貨運用機関設置などの問題が論じられた。しかも、そうした課題の解決は、目先に迫ってきた北京オリンピックや上海万国博覧会を成功に終わらせるため、可及的速やかに実行されなくてはならない。世界経済の健全な発展のため、地位の高まった中国経済にあっては、それ相応の政策運営責任を問われる、そうした自覚意識が中国当局に出てきているわけだ。
また、この会議以降、金融・経済政策の樹立・施行面での温家宝首相の権限も、上海閥の黄菊副首相の死去で、一段と強まっている。つまり、懸案の金融関連市場の整備と改革を、一気にやり遂げる経済的必要性と政治的条件が熟してきている。外貨準備運用という考え方も、こうした幅広い、金融関連市場改革の一環として打ち出されてきたもの、と肯定的に理解しえるのではないだろうか。