視聴者あっての高度化だが
デジタル化により画質が向上し、双方向通信やインターネットと連動した情報などの新たなサービスが利用可能になる。しかし、視聴には新たな受信機器を購入するための出費が必要になる。さらに、放送が高度化するといっても、それを受ける視聴者には高齢者が多く、十分に機能を使いこなせるかははなはだ疑問だ。事実、1日当たりのテレビ視聴時間は、視聴・情報機器に慣れていない高齢者層ほど長く、反対にこうした機器に慣れている若年者層では全体の平均(平日:3時間27分、土曜日:4時間3分、日曜日:4時間14分、いずれもNHK放送文化研究所調べ)を下回っている。それに、ケータイやPC(パソコン)でのワンセグ視聴に見られるように、場所や時間を問わない気軽な視聴環境が浸透している。視聴者ニーズが全体的に高まらなければ、11年に地デジに完全移行することは極めて難しいといえよう。地デジ普及の現状と目標は
地デジは、03年12月に関東・中京・近畿での開始後、放送エリアを順次拡大しながら、現在、全国の都道府県庁所在地で放送されている。受信機器出荷台数も07年10月末までの累計で約2725万台(JEITA、日本ケーブルラボ調べ)に達する。07年末には放送エリアは全世帯の92%をカバーする見通しだ。地上デジタル推進全国会議の「デジタル放送推進のための行動計画(第8次)」では、11年4月までに全世帯(5000万世帯)をカバーするよう放送エリアを拡大し、アナログ放送の停止期限(11年7月24日)までに、受信機器を1億台(5000万世帯×世帯当たり平均普及台数2台相当)普及させることを最終目標としている。また、当面の目標は、08年8月の北京オリンピックまでに2400万世帯のカバー、3600万台の機器普及を掲げている。()
現在、地デジの視聴状況は22.0%、地デジ対応受信機器の世帯普及率は27.8%(いずれも総務省調べ)である。一般に家電製品は普及率が20%を超えると大幅に普及が進むことから、地デジ対応受信機器もこれから一層普及することが期待されている。
地デジを見るには新たな機器が必要だ
地デジの視聴のためには、(1)地デジ対応テレビを買う、(2)使用中のアナログテレビ用に地デジチューナーや地デジチューナー搭載映像機器を買う、(3)ケーブルテレビに加入する、のいずれかが必要となる。たとえば、一番安い地デジチューナーは量販店で2万円程度はする。ケーブルテレビでも地域で異なるが、毎月出費が必要だ。それに、アンテナを取り換える必要もある。地デジはアナログ放送で使っているVHF帯ではなく、UHF帯を使用した放送だから、現在UHFアンテナが設置されていない場合、新たに受信用アンテナが必要になるのだ。UHF用アンテナがあっても、地デジ放送とUHFアナログ放送とで受信方向が異なる場合には、新たにUHFアンテナを設置する必要がある。
つまり、使っているテレビにチューナーを接続すればすぐに地デジへの移行が完了する……というわけではない。アンテナ、チューナー、テレビが地デジ対応であるかどうかを確認し、必要な機器やサービスを導入しなければならない。ケーブルテレビでもセットトップボックスを接続しないと地デジが視聴できない。一般の視聴者、とりわけ視聴時間の長い高齢者層の視聴者が、こうした作業を容易に行えるとは考えづらい。
魅力がなければ地デジ難民発生も
情報通信審議会(総務省)の「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」(07年8月2日)では、地デジを一層普及させるために、今後一層周知をし、2年以内に5000円以下(過去に地デジ化に踏み切った諸外国でのチューナーの価格水準並み)の簡易なチューナーを提供するための環境整備が必要であるとしている。地デジでなければ楽しめないコンテンツがあって移行するのではなく、アナログ放送終了でテレビが見られなくなるから仕方なく……ならば、視聴者は終了直前まで様子を見、出費を抑えながらの対応になるだろう。ケータイやインターネットでさまざまな情報が気軽に入手できる現状においては、テレビは、もはや必要不可欠な存在ではない。このままでは、視聴機器が揃えられずに地デジを見られない「地デジ難民」が11年以降に大量に発生することも十分予想される。今後、08年の北京オリンピックや、10年の南アフリカでのサッカーワールドカップなどの大きなイベントで、地デジ導入が一層進むとの期待はある。地デジでなくとも楽しむことはできるのだから、こうしたイベントをきっかけに視聴者が一気に地デジに移行するとは考えにくい。地デジならではの番組やサービスに対する視聴者のニーズを高めるとともに、視聴者に必要以上の費用負担と手間を強いることのない対応策、具体的には資金援助や相談窓口の設置などがともなわなければ、地デジへの完全移行をスムーズに進めることは難しいだろう。