リーマン・ショックは「必然」の産物
2008年秋に起こった金融市場の世界的な緊迫と、それに伴う景況の大幅な悪化は、リーマン・ブラザーズの破綻が起こしたパニックのため「リーマン・ショック」と呼ばれるようになった。しかし、問題の起因は構造的なものであり、一投資銀行の放漫経営はその一つの象徴に過ぎない。それまでに世界経済が積み上げてきた消費者の行動から政府の金融財政政策に至るまでの大きな誤りが、必然的かつ爆発的に起こしたものである。問題の全貌を振り返り何が起こったのかを整理すれば、以下のことが指摘できる。
(1)ウォール街が主役となり推進した「強欲資本主義」の自爆、(2)「貯める前に借りて消費する」という異常に膨張した消費者金融と、個人部門の過剰な借金による消費の終焉、(3)その過剰消費をあてにして行われた過剰な民間設備投資と、それを支える債務の肥大、(4)本来、大恐慌を再現することがないよう定められていた「グラス・スティーガル法」(商業銀行業務と証券業務の分離)等々の規制の行きすぎた緩和と、その結果生じた大金融機関の自己によるリスク管理が不能となるほどの巨大化、(5)すべての部門における過剰債務の原因となった、バブルが崩壊するたびになされた景気刺激策による低金利過剰流動性の膨張、以上の5点である。こうした構造の崩壊は、消費者と金融機関、金融機関相互、雇用者と被雇用者など、あらゆる分野における「信用の輪」の崩壊を導いた。
「強欲」の自壊が砕いた「信用の輪」
先にあげた5点を詳細に見てみよう。(1)「強欲資本主義」の自爆
「今日の得は僕のもの、明日の損は君のもの(株主や株主で吸収できない損は納税者を巻き込んでもよい)」という、極めて利己的なバンカーたちによってもたらされたが、行き着くところまで進み、自爆した。結果、アメリカの巨大投資銀行であったベア・スターンズ、リーマン・ブラザーズの2社は破綻し、メリル・リンチは破綻寸前でバンク・オブ・アメリカに吸収された。不動産の証券化商品ほか多くの信用力の低い債券は取引が急減し、価格が低下。株式市場も全世界で大幅に縮小した。
(2)「貯める前に借りて消費する」
サブプライム・モーゲージという信用力の低い借入人宛住宅ローンを始め、多くの住宅ローンの延滞、担保流れ(フォークローズ)を招いた。クレジットカードなど他の消費者金融も、失業者の増加と並行して不良化が進み、金融機関の償却負担を大きくしている。
(3)過剰消費をあてにした過剰設備投資の問題
安易に借りられる自動車ローンやリースなどで、アメリカでの新車販売は年間1700万台まで増加したが、金融が締まると、その規模は1000万台を下回るところまで低下した。巨大な過剰設備を抱えた自動車業界は縮小均衡点を模索し、GM(ゼネラル・モーターズ)とクライスラーは破産法適用を申請。異例な政府支援を得て、従来の半分以下の規模で再建に向かうことになった。自動車業界に限らず、あらゆる製造業、消費者向け小売業などで同様の問題が生じた。企業はコストカットのための人員削減を進め、アメリカでは公式失業率は10%に近い水準に(09年7月現在)、また実質失業率は20%に近いところまで進んでいる。
(4)規制の行きすぎた緩和
金融機関の巨大化は、あらゆる部門で起こった。商業銀行では世界最大の銀行であったシティバンクが破綻寸前の状況で、政府の資金投入を含む厚い支援で延命している。保険では世界最大のAIGが、また住宅金融専門会社であるファニーメイ、フレディマックが同様である。これらの金融機関は「大きすぎて潰せない」という理由で政府が維持している。一方、潰せるサイズの銀行の淘汰(とうた)は進み、09年の1~9月に潰れた銀行は95行を数える。ヨーロッパでも同様に金融機関の淘汰が進んでいる。
歯止めなき財政支出は次の恐慌招く
(5)景気刺激策による低金利過剰性の問題政府はこれまでバブルが崩壊するたびに『新たなバブルを招く政策』を出してこれを克服しようとしたが、今回も金融破綻の防止と、それに伴う景気後退に対して巨額の借り入れによる財政支出を打ち出した。アメリカの財政赤字は1兆8000億ドル。日本政府は15兆円。これらの負債は現世代が「借りるのは僕、使うのも僕」しかし「返済するのは次世代」ということで歯止めがない。返済計画は存在せず、この巨額な負債は次に起こるであろう一層大きな金融恐慌の原因を形成している。ヨーロッパの小国であるアイスランド、バルト3国などはすでに国家そのものが疲弊し、アメリカでもカリフォルニア州などは財政赤字が巨額で健全な支払いさえできない。これらの小国や地方政府の状況が、アメリカ連邦政府や日本の行く末を暗示している。アメリカ国内の消費が減退したことを起因とする輸出の減少に対して、中国は大規模な内需拡大策を打ち出したが、これは大きなバブルをすでに招いており、やがて来るであろう「中国国家主体バブル」は、次の経済危機を深刻なものとするであろう。
(後編へ続く)