1日4兆ドルの通貨取引、9割が投機
現在、世界の為替市場で取引される国際通貨の額は1日4兆ドルに上る。これは日本の1年分税収の10倍を上回る金額だ。そしてこの内9割以上は、貿易の決済、運賃や保険料、直接投資などの「実需」を伴わない取引、言い換えると「投機」だと言われている。投機という思惑で動く相場がどのように変動して行くのかを占うことはほとんど不可能で、一般市民に出来ることは世界経済情勢を客観的に捉え、全体的な傾向を自分なりに考えるという程度に限られる。本論では、円、ドル、ユーロの抱える根本問題を解説する。
この三つの通貨は以下に述べるそれぞれの問題を抱えている。いずれも他の通貨に対して価値を下げる要因であるが、筆者にとっても予想不可能なのは、どの要因が時の相場により大きな影響を及ぼすかということだ。投機家たちは、常に目をつけるポイントを移して行くからだ。
構造的不均衡に悩むユーロ
まずユーロだが、根本的な問題はユーロに参加した17カ国が「政治的な統合をせず通貨だけ統合した」ということにある。中央銀行は一つだが、財務省はバラバラで、財政規律は国によって大いに異なり、財政赤字を3%以内に抑えるという当初からの約束は今や誰も守っていない。日本に例えるなら、北海道と沖縄がそれぞれ独立したが、通貨としては本土と同じ円を使っているというようなものだ。これでは経済力が弱い国の通貨は実質上切り上がってしまい(経済力に比べて通貨価値が高くなってしまい)、輸出競争力を失う。これがギリシアなどの問題国の状況。一方、経済力が強い国(ドイツ)では実質的に通貨が切り下がっており、ますます輸出競争力が強くなる。通貨を変動させて調整できなければ、強い方(ドイツ)はますます強くなり、弱い国(ギリシア、アイルランド、ポルトガル、スペインなど)はますます弱くなる。それではどうしたら良いのか。西ドイツが東ドイツを統合した時のように、政治的統合をしたつもりで、強国が弱国に資金を還流し支援を続けるのか、もしくはユーロから、弱い国または強い国を抜けさせるのか、どちらかにすることである。「強国用ユーロ(北ユーロ)」と「弱国用ユーロ(南ユーロ)」の2種類にしようというアイデアもある。スイスフランはユーロ対比大幅に切り上がった。もしドイツだけをマルクに復帰させれば、スイスフラン程度は即切り上がるだろう。今後1~2年の間に、ユーロはこの構造的不均衡問題に関する答えを出さなければならなくなるが、大きな混乱を避けることは出来ないだろう。
巨額赤字が爆弾のドル、円
次にドルであるが、私がアメリカに来た1984年、1ドル280円。現在83円。長期的なドル弱体化を逆転する要因は無い。価値低下の根本要因は、経常収支と財政収支の「双子の赤字」だ。これを改善する意思がアメリカ政府にはなく、近年事態はますます悪化している。アメリカの財政赤字は2008年のリーマン・ショック前で4000億ドル程度。それがここ2年で1兆ドルを超えており、11年度も縮小はしない。ヨーロッパ各国と異なり、財政規律回復に対する強い意志は無い。また貿易赤字が回復するめどはまったくたっていない。加えて不動産不良債権の最終処理がまったく出来ていない。最終処理とは銀行が担保を売却し、損金を確定し、担保が新たなオーナーに所有されるということだ。上記の要因からインフレ懸念が増大し、長期金利が高騰すれば、アメリカ国債は暴落し、ドルも大幅に売られる危険がある。
日本は財政赤字の世界チャンピオンだ。政府の借金は10年1000兆円を超え、GDP(国内総生産)の2倍にあたる。一方、日本の税収は40兆円で、これは1年分の税収に相当する。金利が2%になれば、税収の半分が金利支払いで消えるが勿論そんなことは出来ないので、雪だるま式に債務は増え、サラ金地獄と化す。国民には「国債は資産」と思い込ませているが、実際は返済引き当てが無く、金利の支払いも怪しい「空手形」だ。従って、このサラ金地獄でいよいよ首が回らなくなったと判断されたときに国債も、円も叩き売られる。
ここに述べたように、ユーロ、ドル、円はそれぞれ異なる非常に大きな課題(リスク)を抱えており脆弱だ。
日米の量的緩和が新興国バブル生む
次の問題に移ろう。世界には為替管理をしている国と、していない国が並存している。アメリカや日本、ヨーロッパは「していない」方だが、中国は「している」国である。この間には当然摩擦が起こる。1日4兆ドルの市場で日本政府が2兆円の為替介入をしてもまったく効果がなかったように、為替管理を一旦外してしまえば、その後効果ある介入など出来ない。中国に対し通貨切り上げをアメリカ政府は強く求めているが、一方、自国の中央銀行(アメリカ連邦準備制度)は「QE2」と呼ばれる金融の量的緩和をし、ドル資金を世界に垂れ流しており、まったく説得力がない。財務長官が「強いドルはアメリカの国益」などと言っても、嘲笑されるだけで終わる。人民元問題は解決を見ない状況が当面続くし、強い中国も、3割はバブル状態にあると言われる住宅価格、5%に上がった物価上昇率の問題に対峙しなければならなくなる。
上記に述べた「垂れ流すドル」と日本銀行の量的緩和による「垂れ流す円」がそれぞれの国の雇用対策などにはまったく結びつかず、「ドルキャリー取引」「円キャリー取引」として世界を徘徊している。
現在投機の対象となっているのは発展途上国の通貨や株式、金銀銅などの貴金属、砂糖、とうもろこし、米などの商品相場で、これらは皆バブル状態にある。ものによっては「30年来の高値」というような状況だ。やがてバブル崩壊が起こるだろう。言い換えるとバブルを煽り、バブル崩壊時の大きな経済ショックの原因を日米の中央銀行がせっせと創っている。
後がない債務の引き受け
ドル、ユーロ、円などの「ペーパーマネー」の価値が、金や砂糖などの「現物」と比べて低下しているのは事実だ。これは投資家にとっては「インフレ・ヘッジ」とも言える。つまり、投資家はペーパーマネーのインフレによる価値低下リスクをヘッジするために、資金を現物に移しているのだ。世界の長大な借金を減らすには、結局は債務の棒引きかインフレしかない。2000年から07年の7年だけで、世界の民間部門は借金を倍に膨らませた。これが返済できなくなると不良債権は銀行に行き、やがて政府が抱え込み、政府が行き詰まると国際機関が救済する、と言う構図で来た。しかし国際機関でさえもう資金不足の状況で「後が無い」。投資家はインフレによる借金棒引きを怖れているのである。これが現下の国際金融、通貨情勢だ。