厳しさを増す漁業経営
近年、市民の間で漁業への関心が高まっている。2008年7月にあった燃油価格の異常高騰による全国漁業者の一斉休漁、09年3月に起こったワシントン条約付属書へのクロマグロ記載をめぐる騒動、そして11年3月の東日本大震災による漁業被害が大きく報道されたためである。アメリカ・ソ連(当時)を皮切りに、世界の沿岸国のほとんどが排他的経済水域(EEZ)を主張した1977年以後、これほど漁業のニュースがお茶の間を賑わしたことはなかったと思われる。これらのニュースを通して伝わるのはいずれも、漁業の厳しい現実である。魚価は安く、燃油価格は高く、そして後継者・若年層の担い手は不足している。
厳しさはこれだけではない。魚種にもよるが、資源量の減少、漁船の老朽化、新たな設備を導入するための資金調達難などもある。魚価が安定し、燃油価格が安かった時代からすると、漁業の利益率は大きく落ち込んでいる。
だが、現場を歩いていると、こうした状況に対して漁業者や漁業協同組合が、何も策を講じていないわけではないことが分かる。資源の乱獲や燃油の浪費につながる過当競争を防止する漁業管理に取り組む地区がある。また、高鮮度の魚介類を水揚げする取り組みを実践している漁業者も多く見かける。さらに、水産物のブランド化など、販売促進事業や付加価値対策を行う漁協も少なくない。漁協女性部による魚食普及活動も活発化している。
ただ、そのような取り組みを講じても、漁業経営が若干持ち直す程度で直ちに利益が向上するというものでもなく、販売促進の取り組みが一定規模以上拡大しない、という悩みが現場にはある。
どうやって消費者とつながるか
ところで、日本の食品消費事情について見ると、世界から食材が集められ、食料品があふれかえっている。1980年代後半以後、円高を武器に拡大した開発輸入と、量販店の急激な店舗展開が、大量生産・大量流通・大量消費社会をもたらし、物不足のない社会を実現させたからである。しかもデフレ不況の中で、消費の促進は価格競争が軸になっている。輸入品でさえ末端の低価格化に対応できなくなっている。それゆえ、動物性たんぱく質食材に対する消費者の好みが明らかに変わった。政府公表の「平成23年度 水産白書」にもそのことが記されている。景気低迷、内需縮小が続いてきた中で、グラム単価が高い魚介類より、安い鶏肉・豚肉などの肉類にシフトしたのである。
こうした中、漁業者にとっての頼みの綱は、拡大している海外の水産物市場である。しかし、その海外水産物市場への道も、原発震災がもたらした放射能汚染に対する輸出先国の様々な措置により、事実上閉ざされている状態である。これではいくら復旧・復興に力を注いでも、被災地の漁業は八方ふさがりである。
こうした状況を踏まえれば、今漁業再生に求められることは、大量生産・大量流通・大量消費への対応でないことが分かる。むしろ、それに巻き込まれない競争力を蓄積する方が重要である。またブランド力強化など高尚な経営をめざすことも悪くはないが、今問われているのは、少子高齢化、人口減少社会あるいは安心・安全志向社会に向けて、漁業者が消費者とどのようにつながるかである。
日立市での地産地消の取り組み
そこで、漁業者と消費者との新しい関係をつくろうとしている事例を紹介したい。茨城県日立市の「ひたち地域資源活用有限責任事業組合」(以下、ひたちLLP http://hitachillp.jp/)の取り組みである。ひたちLLPは、2008年7月に日立市にある久慈町漁業協同組合と、商工会議所に属する飲食店業者らの出資により設立された組織である。これまで市場価値の低かったイラコアナゴ、ダボギス、オキハモ、カンテンゲンゲ、サクラギス、トウジン、アカドンコなど、あまり耳にしないし見慣れない未利用魚を、「隠れた地魚」として地元飲食店に流通・販売する取り組みを行ってきた。飲食店業者らは「ひたち地魚倶楽部」と名乗って、未利用魚を用いた料理を開発し、仲間の飲食店にそれらの料理を普及させた。加盟店は36店舗になった。季節によって変わる代表的な地魚も多種取り扱うようになった。このような取り組みによって地域の漁業と商店街の活性化が同時進行し、全く価格がつかなかったカンテンゲンゲという未利用魚に、150円/キログラムという価格がつくようになった。
以上の取り組みを行ってきた背景には、地元で獲れた魚介類の多くが首都圏など地域外で販売され、地元に流通しないということがあった。漁業者は漁獲物を顔の見えない末端流通業者に買いたたかれ、一方で地元の飲食店街は新鮮な地元の水産物を買い付けできない、という事情がかえって原動力になったのである。
これまで漁業者が廃棄していた未利用魚に付加価値をつけて販売し、地元での消費が拡大すれば、その他の地魚も流通しやすくなる。地域の漁業経営にダイレクトに反映するような状況にはまだ至っていないが、ひたちLLPは「隠れた地魚」に着眼した独自の地産地消スタイルを追求してきたのである。
漁業者と消費者、関連業者との連携
こうして、ひたちLLPがこの取り組みを軌道に乗せようとしているときに、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が起きた。幸いにして、日立市の漁港や漁船、そして漁業者には大きな被害が出なかったが、原発事故による茨城県産農産物・魚介類からの消費者離れは著しく、せっかくのひたちLLPの取り組みは暗礁に乗り上げてしまったのである。
しかし、このような状況にひるまず、ひたちLLPは復興に向けて活動を強化した。まず、定期的に行われる地魚の放射能検査の結果を公的機関から提供してもらい、そして各店舗に、ひたちLLPが発行する放射能検査済みのステッカーを貼り付けてもらう。そのことで、このような検査体制を介して地魚を取り扱っているという安全性を、消費者にアピールしている。その結果、遠のいた客足が戻ってきた。
ひたちLLPは、風評被害と向き合いつつ、地元の消費者に信頼される流通体制を体現しようと日々知恵を絞り、新たな対応策を考えている。
だが、この取り組みの本質は、震災の前と後とで全く変わってはいない。この取り組みは、地域の中で、漁業者と消費者をどうつなげていくかという点で、何ら違いがないからである。
漁業の再生は漁業者の自助努力のみでは不可能である。そもそも水産業は生産部門から流通部門まで多種多様な同業者・異業者の間で、互いに不足している部分を補いながら発展してきた産業だからである。
特に、風評被害に脅かされている被災地では、郷土や風土あるいは魚食文化を共有できる消費者や関連業者たちとの連携・連帯が不可欠である。同時にこれは消費地に漁業・漁村の理解者を増やすことを意味する。これからの日本の漁業の再生にはこうした視点が欠かせない。