歴史的最低水準の資源量
2014年9月に開催された中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)第10回北小委員会では、対象資源に関する保存管理措置が決まった。なかでも、太平洋の全域を広く回遊する太平洋クロマグロの保存管理措置が話題になった。なぜなら、未成魚(魚体重30キログラム未満)の漁獲量を02~04年度の平均値の「半減」(全体で9450トンから4725トン、うち日本は8015トンから4007トンに削減)にするという内容が含まれていたからである。また成魚(30キログラム以上)についても漁獲量を02~04年平均水準(全体で6591トン、うち日本は4882トン)から増加させないことにもなっている。この保存管理措置は14年12月開催のWCPFC本委員会第11回 年次会合でも承認され、15年1月から実行に移されることになった。実は、13年12月のWCPFC本委員会では、太平洋クロマグロの未成魚の15%削減が決まっていた。しかし、14年に削減割合が修正されたのである。その背景には、太平洋クロマグロの資源量が歴史的最低水準に近づいているという資源評価結果が14年4月に北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)から報告されたことがある。
漁獲削減の提案国は日本である。太平洋クロマグロの70%を日本漁船が漁獲しているということがある。しかし話はそれだけでは収まらない。WCPFC以外の地域漁業管理機関においても積極的な資源管理措置の提案を行ってきた。それは日本が漁業国であるだけでなく、世界最大の刺し身マグロ消費国としての責任もあるからだ。もし日本が資源管理措置に対して積極性をもたなければ環境NGOからの非難が強まり、“日本たたき”の動きが一気に強まる。そうした動きを跳ね返すには、ISC勧告を受け入れて50%削減を合意させることが肝要なのである。
ワシントン条約に掲載されると漁業廃止
かつて大西洋海域や地中海を回遊する大西洋クロマグロの資源危機を受けて「絶滅する危険性のある生き物」としてワシントン条約に掲載させようとする動きがあった。10年のワシントン条約締約国会議に向けてである。ワシントン条約の付属書Iに掲載されると商業目的の取引ができなくなるため事実上当該漁業は廃止となる。大西洋クロマグロ資源は日本にとっても大事な権益だったことから日本政府も何もしないわけにはいかない。2000年前後からは大西洋クロマグロの未成魚をまき網で捕獲して生かしたまま、生け簀(す)に移し替えて餌を与えてトロの部位の割合が多い商品にするという畜養マグロの生産が急増していた。捕獲時の漁獲量は目視によってサイズから換算していたため、過小評価されている可能性が高かった。環境NGOなどの指摘を踏まえれば、07年には漁獲実績報告の倍近い大西洋クロマグロの漁獲があったとされている。このことに加えて、大西洋マグロ類保存国際委員会(ICCAT)において畜養マグロの生産国が漁獲枠の大幅削減案を拒んでいたのである。地域経済への影響を恐れてである。
ワシントン条約締約国会議において大西洋クロマグロの付属書I掲載への提案を準備していた国はマグロと縁が薄いモナコ。この背後には環境NGOのロビー活動があった。彼らの活動の根底には、大西洋クロマグロを管理するICCATは科学委員会の勧告を軽視していて資源を管理する能力がない、という批判があった。ワシントン条約で規制しないと資源は守れないという判断である。
日本の厳しい自制措置が功を奏した
多くの先進国がモナコ提案に賛成すると公表していた。空気づくりは完璧だった。だが、10年3月に開催されたワシントン条約締約国会議ではモナコ提案は否決された。多くの途上国が反対したのである。このような結末の背景には、ワシントン条約締約国会議の4カ月前(09年11月)に開催されたICCATにおいて、日本政府が13年漁期まで大西洋クロマグロの漁獲量上限の大幅削減(4割削減)などを合意させていたことがある。
他方、日本政府は、こうしたマグロ類の管理措置を積極的に提案する一方で、大西洋で操業する国内の遠洋マグロはえ縄漁船に対しては厳格な漁獲規制を強いてきた。提案する当事者として自国の管理ができていなければ、他国に対して強く言えないからである。
厳格な管理とは、漁船ごとに漁獲上限を決め、揺れる船上で漁獲直後のクロマグロを計量させて一隻ごとに漁獲上限を超えさせないように操業させるというものである。政府は、漁船上から送られて漁獲報告の重量を把握するだけでなく、水揚げ時にも計量する徹底ぶりである。南半球に生息するミナミマグロについても同様の厳格管理を行っている。資源回復のためにみなみまぐろ保存委員会(CCSBT)で総漁獲枠の大幅削減が図られてきたからだ。もし漁獲上限を超えた場合、その漁船は5年間の漁獲割り当てが停止となる。クロマグロやミナミマグロは遠洋マグロはえ縄漁業の稼ぎ頭であるので漁獲割り当て停止は漁業者にとっては大きな痛手である。
日本政府は、ワシントン条約の付属書に掲載されないように、国内の漁業者には計量・報告という煩雑な仕事を背負わせるとともに外国にも生産量を増やさせないようにするために、漁業国・消費国として資源管理措置に関して国際的にイニシアチブを取らざるを得ないのである。
太平洋クロマグロの話に戻ろう。近年、韓国から日本に輸入されるクロマグロが増加しており、過剰漁獲が懸念されていた。また、WCPFCではなく全米熱帯マグロ類委員会(IATTC)の管轄海域(太平洋の東部海域)ではあるが、メキシコの漁業者が同じ太平洋クロマグロの未成魚を大量漁獲している。日本の次に多い。これは地中海と同じく主に畜養マグロとなり、日本に輸入されている。こうした海外の漁獲圧の増加も歯止めをかけなければ、クロマグロの資源量も市場価格も安定しない。IATTCでもWCPFCと同じ太平洋クロマグロの資源管理措置を実施するように日本政府は働きかけてきた。メキシコは削減案に反対してきたが、14年10月30日のIATTCで漁獲量の4割削減が決まった。
漁獲量をいかにコントロールするか
日本政府は、太平洋クロマグロ資源の回復のために国内の全ての漁法で犠牲を払うものとしている。しかし、日本には、太平洋クロマグロを漁獲する漁法が釣り、ひき縄、はえ縄、定置網、まき網などたくさんあり、管理する対象が多すぎて一筋縄にはいかない。とくに回遊してくる複数の魚種を待って獲る定置網は、一度に複数の魚種を獲る混獲漁法だからやっかいである。漁獲上限を満たしたからといって、クロマグロの未成魚のみ獲らないようにするというのは無理なのである。すでにスケトウダラやスルメイカ漁において定置網の漁獲量管理の難しさは経験済みである。そのため、日本政府は、漁業種ごとではなく、まき網と、定置網を含むその他の沿岸漁業種の二つに分けて漁獲量の上限を設定して管理することにしている。漁獲量上限は過去の実績からまき網漁業が2000トン、定置網を含むその他沿岸漁業が2007トンである。後者においては全国6ブロックに分けて管理することになった。その上で、政府は、漁獲量が上限の7割に達した段階で「注意報」、8割で「警報」、9割で「特別警報」、9割5分で「操業自粛要請」を警告して、ブロック別に漁獲上限を守らせる措置をとることにしている。総漁獲可能量を設定する資源管理方式ではあるが、漁獲累積量の段階に応じて漁獲努力をコントロールさせるという方式は初めての経験である。行政組織も含めてその実行力が問われることになる。
クロマグロの未成魚はメジマグロと呼ばれ大衆商材である。メバチなどを含め、マグロ類の消費全体から見れば微々たる量であるが、15年からの漁獲削減による消費者への影響はないわけではない。しかし、ワシントン条約の付属書Iに掲載されるとそれどころではない。少々高くてもありがたく食して欲しい。