地域のことを地域で決めるには
「明細のない請求はぼったくり」だとの橋下徹大阪府知事の名言で世の耳目を集めた、国直轄事業地方負担金(国の事業だが地方にも利害があるため一部負担することとされている経費)は廃止するという。しかし、廃止すればその分、事業費に穴があくので、事業を縮小するだけではないか。もし、それが必要な事業であるならば、いたずらに整備が遅れるだけである。一方で、国の地方出先機関は原則廃止するという。道路について言えば、一都道府県内で完結しない道路(大きな道路はほとんど他府県と接続している)は、都道府県の事務ではないから国の地方出先機関が担当する、というのがこれまでの国の理屈だろう。この地方出先機関を廃止して、都道府県にその事務を移したら、はたして地方では道路整備はできないのであろうか。そんなことはない。関連する都道府県間で広域連合をつくって整備すれば済むことだ。そうすれば、国の道路特別会計からその分の財源が移譲され、地方負担分と合わせて実施される。
当然、地元住民たちの意向や、必要度認識なども反映された「地域のことは地域で決める」道路が実現する。これが事務事業をめぐる分権だ。もし、都道府県間で協議して連合をつくり、これを実施していく調整力がなければ、そのときは国の出先機関に任せるか、「道州」政府に移譲するという選択になる。分権は地方の覚悟と能力も問うている。
多くの問題を残す地方分権改革
地方分権とは、「地域のことは地域で決める」ことを制度的に保障していくことにほかならない。それぞれの地域と、そこに住む人々の暮らしを持続的に維持するのには、どのようなサービスやルールが必要かを、そこに住む人々が決めていくのが「自治」だ。これは、単に地域の事情をくんだ政策になるというだけではなく、そこで住み続ける条件をつくり出し、維持していくのはわれわれ自身にほかならない、という「共同」の意識を紡いでいく意味がある。地方分権は、そのような想いを、より多くの事象について抱ける条件を整える手段と言ってよい。このような認識から、1995年には地方分権推進委員会が設置され、5年間の審議をへて2000年4月、地方分権一括法で475本の法律が改正されたのは、上で見たような歴史的変化への必然的な対応であった。
この改革では第一に、自治体で実施する事務を「自治事務」と「法定受託事務」に区分し、国からの委任事務を廃止した。これらの事務については、自治体議会による条例化が可能になり、住民の声を反映する仕組みが整った。当然、通達によってやり方を縛ることもできなくなった。だが、法定受託事務には、事務処理の基準等を各省庁が定めてよいこととされ、各省庁はかつての通達の内容を、この処理基準として政省令に格上げしたため、自治体での決定範囲は大きく制約されたままだ。
自治体の仕事ぶりに対して口出しする「指揮監督」も廃止され、一定の要件が整っている場合にのみ、法定の種類の「関与」が許されることとなった。この関与をめぐる国・地方の争いについては、第三者機関の裁定に委ねることとされるなど、「対等」関係への改革もなされた。しかし、09年に入ってから総務省は、住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)に接続しない市と町が是正の要求に従わないことから、是正要求に従うことを義務化する仕組みの検討を開始するなど、国の意思が貫徹する体制を復活させる動きもある。
廃止の提言だけでは意味がない
安倍晋三内閣は07年に、地方分権改革推進委員会を設置して、第2期の分権改革に着手した。この委員会が取り上げた課題は、地方税財源のあり方、都道府県から市町村への権限移譲、国の地方出先機関の整理、法令の規律密度の見直しであった。最初の勧告では、都道府県から市町村への権限移譲を、2回目の勧告では、国の地方出先機関の整理を提言するとともに、自治事務への義務付け・枠付けの見直しの考え方を示した。しかし、低迷する内閣支持率のもとで、はたして改革を実現する推進力になり得るのか、といった懸念もあり、その後の審議は足踏み状態にあった。そればかりか、これまでの委員会の活動が、どのような地方自治を実現するためのものか明確でないことが致命的だ。国の地方出先機関をターゲットにして、廃止・統合を提言することが、いかなる意味で地方の自治につながるというのか。住民の自己決定に基づく地域づくり・まちづくりにはほとんど無頓着で、ひたすら国の行政改革、あるいは「官僚制打破」といった、政治・行政目的が優先されているように見える。
分権改革は、まだその途上にあることは間違いない。第3期の分権改革委員会を設置するかどうかも含めて、新政権には重い課題だ。
新政権には、大きな期待と不安がないまぜになって押し寄せている。地方自治を豊かにするために何をするか、マニフェスト(政権公約)にはいくつかのことが掲げられたが、それだけで十分なはずはない。的外れな項目も散見される。もちろん国会での立法を通じて実現されるものが多いはずだから、すべてそのままに実現されるとは限らない。「地域主権」と銘打った新政権の地方政策を検討し、「政権交代」の歴史的事実に恥じないための改革を、これからも提言していくことが必要だろう。