継続となったイラン核協議
2012年4月、イランと国連安全保障理事会(安保理)常任理事国とドイツ(P5+1)との核協議が、トルコのイスタンブールで再開された。交渉の雰囲気は良好で、2回目の協議は5月にイラクのバグダッドで継続された。具体的な提案が議論されたが、相違点は多く、6月にモスクワで継続協議することが合意された。交渉の焦点は、イランのウラン濃縮停止と欧米諸国による対イラン経済制裁の解除である。両者は、簡単には合意しないだろう。しかし、時間はあまりない。7月末までに、イランが欧米諸国の納得する対応をしない場合、現在ですら厳しい経済制裁は、さらに過酷なものになる。制裁は、石油代金を決済するイラン中央銀行を直撃し、欧州連合(EU)はイラン石油の購入を停止する。その影響は、イラン国民の生活を直撃するだろう。
核査察をめぐる国際社会との攻防
イランは核拡散防止条約(NPT)に加盟している。イランは、その枠内で原子力の平和利用を追求する権利があると主張している。この主張には誰も反対していない。11年秋には、ロシアの援助で完成したブシェール原子力発電所が稼働している。問題は、国際社会が、イランの核政策に強い疑念を抱いていることである。その最大の理由は、イランが国内でのウラン濃縮に強く固執している点である。09年には、それまでウラン濃縮で国際社会と悶着を起こしていたイランが、秘密裏にウラン濃縮施設を建設していたことが発覚した。イランに対する疑惑が増大したが、イランは平和利用を繰り返して主張した。現在イランは20%のウラン濃縮を行っているが、このレベルの技術を獲得すると兵器用のウラン濃縮は容易だといわれている。
イランの行動をあやしむ国際社会は、国際原子力機関(IAEA)による査察受け入れを求めているが、イランは抵抗している。そのIAEAは、11年秋にイランに核兵器製造の疑いがあると報告した。その疑惑は、否定も実証もされていない。
イランが原子力の平和利用しか考えていないなら、IAEAの査察に抵抗する理由はないと国際社会は考えている。日本の原子力施設でさえも、IAEAの厳格な監視下にある。しかし、イランは、疑い自体が不当な言いがかりであり、査察は独自の原子力技術開発に対する圧力であると反発している。国際社会は、査察に抵抗するのは見せたくないものがあるからではないかと疑いを強め、イランは疑い自体が不当であると反発しているため、問題が複雑化している。
猜疑心にかられる誇り高きペルシャ人
ペルシャ人(イラン人)は、誇り高い民族である。自分たちの歴史に大きな誇りを持つ一方で、過去の経験から外国勢力に対する強い不信感を持っている。イラン人は、1953年にCIA(アメリカ中央情報局)がイランでクーデターをやらせたことを忘れていない。この時の政権であるパーレビ王朝は、79年のイラン革命で崩壊した。革命後に成立した現在のイランは、イスラム法学者が最高指導者として国家権力を掌握している。選挙はあるが、議会や大統領に政治の実権はない。イスラム諸国の中でも、イランの政治体制はかなり特異である。そのためイラン政府は、孤立感を感じており、外国勢力が体制崩壊を狙っていると警戒している。査察は、彼らの猜疑心を強く刺激している。またペルシャ人は、自分たちは最先端の科学技術を扱える民族だと自負している。しかし、イラン独自の技術開発は、民生品ではなく、原子力、ミサイル、ロケット、飛行機など武器に類するものに集中している。新型ミサイルや宇宙船の打ち上げロケットなどをイランは大々的に宣伝する。イラン人にとっては独自の技術開発の誇るべき成果であるが、周辺国や国際社会は武器開発に邁進(まいしん)していると警戒心を深めている。独自の原子力技術を開発することをイラン人の大半が支持しているため、欧米諸国が抱く疑惑は、不当な圧力だと感じている。
ペルシャ人には、外圧に対して国民が連帯する傾向がある。多くの国民は、経済制裁が日常生活に影響を与えるようになっても、耐えようとしている。また政府は、外圧に折れて妥協的政策を採れば、国家としてのメンツを失うと考えており、安易な妥協は絶対に容認できない。外圧が強ければ強いだけ、イランの現体制は、妥協することが難しくなるジレンマを抱えている。さらに事態を複雑にしているのは、国内の不毛な政治抗争である。ある勢力が妥協的姿勢を見せると、他の勢力が足を引っ張る。その妨害は、自分以外の勢力に政治的な得点を許さないためである。
イスラエルは軍事攻撃を主張
欧米諸国は、イラン国内でのウラン濃縮停止と、IAEAの査察受け入れを求めている。イランが必要とする濃縮ウランは、外国でIAEAの監視下で製造し、製品としてイランに渡す案を提案したが、イランは信用しない。イランが原子力の平和的利用を進めていることを証明するには、IAEAの査察を認めるしか方法はない。イラン側の内部事情から生まれるどのような理由があろうとも、査察の拒否は、疑いを強める。イスラエルは、イランに核兵器製造の疑惑が存在するだけでも、軍事攻撃を行うに十分な理由になると主張している。欧米諸国は、イスラエルに自制を求めつつ、経済制裁で圧力をかけることで、イランの核技術の透明性を高め、核政策の変更を迫ろうとしている。
交渉で成果が出ない場合、イランは核施設への軍事攻撃を覚悟するしかない。イランの核兵器保有は、中東での核兵器獲得競争を生むため、アメリカは、イランの核武装を阻止すると言明している。
イランは、核兵器製造能力は持つが、核兵器は製造しない灰色政策(あいまい政策)を進め、現政体の保持と他国からの攻撃抑止を狙っているとの見方がある。
これは巧みな政策かもしれないが、危うい戦略である。中東では、イスラエルが灰色政策を採っている。しかし、イスラエルは民主主義国家であり、国家の実権を掌握する最高指導者ポストが、選挙で選ばれることのないイスラム法学者に独占されるイランとは違う。民主主義国家が使う手口を、イランが使いこなせる保証はない。イランが、自分に対する疑念を解消する努力を怠り、不当な言いがかりだと反発し続けていると、その代償は国民が払うことになるかもしれない。