「スパイ暗殺未遂疑惑、領土拡張…復権を目指すロシアに歯止めはかけられるか?~新・東西冷戦の時代(1)」からの続き。
実際の領土をめぐり、ヨーロッパ大陸ではロシアと欧州諸国の間で緊迫したやり取りが続く。そんな中、アメリカ・ファースト路線を突き進むトランプ大統領の登場によって、かつての「西側」の結束が弱まる事態が生じている。シリアにまで手を広げ、権益の拡大をめざすロシアに、アメリカ・EUはどのような対応を迫られているのか。
孤立主義を強めるアメリカ
アメリカはイラクとアフガニスタンでの対テロ戦争で多数の死傷者を出し莫大な国費を支出した。西欧諸国では「疲弊したアメリカは、将来欧州で局地紛争が勃発しても、かつてのように軍事介入を行わないかもしれない」という危惧が強まっている。1990年代のボスニア内戦やコソボ紛争では、米軍が空爆を実施するまで紛争解決の糸口が見つからなかった。空爆の約90%は米軍の戦闘機が実施したものだ。つまり西欧諸国は長年にわたりアメリカの軍事力に依存してきたため、自力で紛争を解決するための軍事力を持っていないのだ。
ロシアはイラク戦争後、アメリカが世界の警察官としての役割を放棄し、国外での軍事介入に消極的になりつつあることを利用して、ウクライナやバルト三国での影響力を拡大しようとしている可能性がある。
NATOに懐疑的なドナルド・トランプが2017年にアメリカ大統領に就任して以来、ドイツやフランスでは「我々はアメリカに頼らずに自分たちを守らなくてはならない」として、NATOと並行したEU緊急展開部隊を創設し、現在はバラバラに行われている武器調達を一元化しようという動きがようやく出始めた。
西欧諸国は軍事予算を増やす方向にある。16年5月にドイツ連邦国防省のフォン・デア・ライエン大臣は、「防衛予算を、2020年までに約14%増やして、392億ユーロ(5兆960億円)にする」と発表。連邦軍兵士の数も2023年までに1万4300人増やす。同国が将兵の数を増やすのは、東西ドイツ統一後初めてのことである。ロシア軍が得意とするサイバー攻撃に対応するための専門部隊も、大幅に増強する。ドイツ連邦軍の将兵の数は1990年には58万5000人だったが、ドイツは2011年に徴兵制を停止したので、17万7000人に激減していた。こうした動きも、東西冷戦の再燃を浮き彫りにする。
だが冷戦終結後約30年間にわたり、安全保障上の「宿題」を怠ってきたことのツケは大きい。西欧諸国がEU緊急展開部隊を創設し、独自の紛争解決能力を持つまでにはまだかなりの時間がかかるだろう。
ロシアのシリア内戦介入と、弱体化するアメリカの影響力
ロシアがシリア内戦に介入しているのも、かつてのソ連のように欧州以外の地域でも権益を拡大したいという野望の表れだ。
「アラブの春」が引き金となって11年にアサド政権と反体制勢力の間で起きた内戦では、これまでに少なくとも民間人10万人を含む35万人以上が死亡し、人口の半分(約1100万人)以上が国内外で難民化。このうち500万人が外国に亡命している。7年が経過しても終息の見通しは立っておらず、西欧に流れ込んだ難民は、各国で治安や失業率を悪化させるとして極右勢力の攻撃材料にされ、結果的に右派政党を躍進させるなどさまざまな問題を引き起こしている。
シリア政府を率いるバッシャール・アル=アサド大統領にとって最も強力な庇護者はロシアのプーチン大統領だ。ロシアはシリア政府軍に武器を供与するだけではなく、自国のパイロットに反体制派の拠点への空爆も実施させている。
欧州のメディアでは、「シリア内戦は小規模な第三次世界大戦」という表現も見られる。アメリカ、イギリス、フランスとロシアはシリアで間接的に対立しているからだ。たとえばアメリカ政府は、18年4月14日に、英仏とともにシリアの化学兵器貯蔵施設などをミサイルで攻撃した。
空爆の理由は、4月7日にシリアの首都ダマスカスの東にあるドゥマという町で、塩素ガスを使った攻撃が実施されたことだ。この攻撃により、地下室などに避難していた子どもを含む約50人が死亡し、約500人が重軽傷を負った。誰がこの攻撃を行ったのかは、確認されていない、だがドゥマは、シリアのアサド政権に対抗する反政府勢力が支配する地域にある。ダマスカス近郊では、13年にも毒ガスによる攻撃が複数回にわたって行われ、数百人から1000人以上の市民が殺されている。このため、状況証拠から見ると、今年4月の毒ガス攻撃も、シリア政府軍によるものである可能性が高い。ただし、ロシアとシリアは、一貫して「化学兵器を使用したのは政府軍ではない。反体制勢力によるでっちあげ」と主張している。
米英仏は、化学兵器関連施設をピンポイント的に攻撃した。つまり「将来再び化学兵器を使った場合には、こういう目に遭う」という警告である。
しかし、警告の実効性には疑問がもたれる。というのも、アメリカは17年4月にも、シリア政府が内戦でサリンを使用したとして、シリアの軍事施設に対する空爆を実施している。今年4月の毒ガス攻撃がシリア政府によるものだと仮定すると、米軍の去年の空爆は、アサド政権の強硬姿勢にほとんど影響を与えなかったことになる。
アメリカはシリアに約2000人の特殊部隊を派遣しているが、トランプ大統領は2018年3月に、米軍をシリアから撤退させる可能性を示唆していた。アサドはアメリカが真剣にシリアに介入する意思がないことを見透かして、トランプを嘲笑するかのようにドゥマで化学兵器を使用したのかもしれない。その意味では今回の空爆も、アサド政権による今後の化学兵器使用を抑止する上でどの程度の効果があるかは、未知数だ。
さらにシリアは、様々な国や少数民族が戦闘を繰り返す戦場と化している。たとえばイランの革命防衛隊はシリア西部に軍事基地を設置して、18年2月以来最大の敵国イスラエルと小競り合いを繰り返している。同年5月9日にシリア駐留イラン軍は、イスラエルが併合しているゴラン高原をロケット砲で攻撃した。イスラエル軍は報復として、シリア領内のイラン軍施設約50カ所に空爆を加えた。イスラエルが国外でこれほど大規模な軍事行動に踏み切ったのは、1973年のヨム・キップール戦争以来45年ぶりのことだ。