温暖化が日本に与える影響
温暖化が進行すると、いったい日本はどうなってしまうのだろうか?このような問いに答えるために、「温暖化影響予測総合プロジェクト」では、日本における、水資源、森林、農業、沿岸域、健康の5分野を対象とした将来影響評価に関する研究結果を報告した。
このプロジェクトでは、温暖化対策を何も行わなかった場合の、分野別・地域別の温暖化影響を示す、多数の「リスクマップ」を提示した。
水資源への影響
温暖化によって豪雨の頻度と強度が増加すると、洪水の被害が拡大し、土砂災害、ダム堆砂が深刻化すると予測されている。図表1に示す解析結果は、現在の降雨の統計値から求めたもので、50年に1回降るとされる豪雨と、30年に1回降る豪雨の差を示している。(注)一方、降水量の変化と将来の需要が重なり、九州南部と沖縄などで渇水のリスクが高まることも懸念されている。温暖化によって雨が降らない期間が長くなると、水質が濁り水道の浄水のための費用が増加する可能性がある。積雪による水資源の減少は、東北の太平洋側で代掻き期の農業用水の不足を招くと予想されている。
森林への影響
温暖化にともなう気温の上昇と降雨量の変化によって、日本の森林は大きな打撃を受けると予測されている。ブナ林・チシマザサ・ハイマツ・シラベ(シラビソ)などが成り立つのに適した地域(分布適域)は激減する。例えば、ブナ林の分布適域は、現在に比べて2031-2050年には65%-44%に、2081-2100年には31%-7%に、それぞれ減少すると予測されている。いずれの場合でも、ブナ林の分布に適した地域がほとんどなくなる西日本や本州太平洋側におけるブナ林は脆弱であり、世界遺産に指定されている白神山地も、今世紀の中頃以降、ブナに適した地域ではなくなると考えられている。この結果は、現在のブナ林が消滅することではなく、現在の多くのブナ林が気候的に適さなくなり、他の樹種の林に移り変わっていく可能性があることを予想している。
また、マツ枯れ被害のリスクが拡大し、1-2℃の気温上昇でも、現在はまだ被害が及んでいない本州北端まで、危険域が拡大すると予測されている。
農業への影響
コメの平均収量は、田植え時期を現在のままと仮定すると、2046-2065年には、現在(1979-2003年平均)と比べて、北海道と東北ではそれぞれ26%、13%増収すると推計されている。一方、近畿、四国では、5%減収すると推定されている。この傾向は2081-2100年ではより強く現れ、減収地域は中国、九州へ広がると推定されている。
また、平均収量が減少する地域とほぼ同じ地域(近畿、四国、中国、九州)では、収量の変動、とりわけ不作年が頻発することも懸念されている。これは食料の供給を不安定にし、平均的変化よりも深刻な問題を引き起こすと考えられる。さらに、融雪期の水資源量の変化や害虫の影響を考慮すると、より被害が深刻化する可能性もある。
沿岸域への影響
温暖化による海面上昇と高潮の増大で、現在の護岸を考慮しても、浸水面積・人口の被害が増加すると予測されている。特に、瀬戸内海などの閉鎖性海域や三大湾奥部では、古くに開発された埋立地とその周辺は浸水の危険性が高いことが指摘されている。また、海面上昇は、汽水域が拡大することで河川堤防の強度が低下したり、沿岸部での液状化する危険度のリスクを増大させる可能性がある。健康への影響
温暖化によって健康への脅威が増す。気温、とくに日最高気温の上昇にともない、熱ストレスによる死亡のリスクや、熱中症患者発生数が急激に増加し、とりわけ高齢者へのリスクが大きくなる。また、気象変化による光化学オキシダントなどの大気汚染の発生が増加する。デング熱・マラリア・日本脳炎などの感染症を媒介する蚊の分布する地域も拡大する。これまでの研究の結果から、(1)影響を被る量と影響の増加する速度は地域ごとに異なり、分野ごとに特に脆弱な地域があり、(2)分野ごとの影響の程度と増加速度は異なるが、日本にも比較的低い気温上昇で大きな影響が現れる、ことが明らかとなった。
温室効果ガスの削減と温暖化への対応策
近年、温暖化の影響がさまざまな分野で現れていることを考えると、早急に適正な適応策の計画が必要である。温暖化の影響が身近にせまっている今、気候を安定化させるために、世界全体で温室効果ガスの排出削減を行う緩和策に取り組むことは必須であるが、今後数十年間にわたって温暖化の進行が避けられない以上、悪影響を軽減するための適応策の導入も検討しなくてはならない。
すなわち、我々は、今すでに現れており、さらには今後生じるであろう温暖化による悪影響に対して、短期・中期的な視点から適応策を講じ、一方で、気候安定化に向かって長期的な視点から大幅削減に向けた緩和策をなし得る社会に、今すぐ舵を切らなくてはならないのである。
((資料))
(注)
求めた値は日降雨量である。これは気候シナリオMIROCによるとおおよそ現在と2030年頃の気候差に相当し、気候変動によって豪雨が増加することを表している。大きい値の地域は、他の地域より豪雨の増加が大きい地域である。この図によると、豪雨の増加量は、地域によって大きな差があり、太平洋沿岸や山岳地域の豪雨が大きくなる。つまり、これらの地域が、気候変動により、他の地域よりも災害が増加する可能性を示している。
(資料)
1)温暖化影響総合予測プロジェクト(2008):温暖化影響総合予測プロジェクト報告書の概要、http://www-cger.nies.go.jp/climate/rrpj-impact-s4report/20080815outline.pdf
2)温暖化影響総合予測プロジェクト(2008):温暖化影響総合予測プロジェクト報告書 『地球温暖化「日本への影響-最新の科学的知見-』、http://www-cger.nies.go.jp/climate/rrpj-impact-s4report/20080815report.pdf