連続力学で「しわ」をシミュレーション
加藤 物理学は他の学問と比較して、どのような学問なのか少しわかりにくいところがありますが、どのような研究なのでしょうか?
吉川 物理学とは自然現象を研究する、自然科学の一つです。その中で、私が研究しているのが力学。高校の物理の授業にもありますが、「物体の運動を予測する」という研究です。特に注力しているのは、連続力学という分野。これは人の体でもそうですが、力が加わると物体は変形しますよね。その変形の度合いを予測していく研究です。
加藤 私たちの実生活では、その研究はどのようなシーンで活用されていますか?
吉川 たとえば、私たちが実際に研究しているマシンの一つに、飛行機のジェットエンジンがあります。飛行機が受けるダメージで大きいのが「バードストライク」。離陸するときに、鳥の群れがエンジンに突っ込んでしまい、エンジンの羽根が損傷してしまうというトラブルです。
連続力学では、「図表1」のように、そんなバードストライクを想定したシミュレーションを作ることで、ダメージを受けやすい部位に、より強度のある素材を使ったり、厚みを出したりと仕様を改良しています。そうすることで、エンジンが壊れないよう、設計を変更していくのです。
加藤 あらかじめ物体が壊れていく様子を予測することで、「壊れにくい状態」を作っていくのですね。そして、吉川教授はこの一連の研究を、肌の構造にも応用されているそうですね。
吉川 はい。私たちの工学的な研究では、想定した条件で機械が壊れないかを判定し、壊れる場合は強度を高めるよう設計を変更します。これを肌に当てはめると、現在の肌状態でしわがどの程度できるのかを判定し、しわができる場合は肌状態をどのように変えればいいのか。そう考えることで、しわの予防法を講じることができるのです。
加藤 となると、化粧水なのか保湿クリームなのか、スキンケアを施すアドバイスをするということですか?
吉川 いいえ、それは力学的なアプローチではなく、細胞生物学の観点になりますね。もちろん、肌状態を改善するには、スキンケアを施すことで肌のうるおいを高めていくという細胞生物学的な方法が一般的ですが、そこに力学的な思考を加えると、しわのできやすさをより的確に捉えることができます。細胞生物学的な状況と力学的な状況の双方を考えることで、しわが刻まれる過程を、より理解しやすくなるのです。
しわは同じ表情の繰り返しで深く刻まれる
加藤 では、力学的な観点から、「しわができやすい肌」というのは、どんな肌なのでしょうか?
吉川 しわというのは波を打って変形する「力学変性」の一つです。笑顔などの表情の変化によって顔には一時的なしわが現れますが、表情を変えればもとに戻ります。ただ、年齢とともにその表情じわが戻りにくくなったり、真皮に深く刻まれるようになります。
力学的な観点では、そういったたわみを「座屈(ざくつ)」と表現しますが、「図表2」のように、この座屈の違いを年代別の肌モデルごとにシミュレーションすれば、座屈の変化、つまりしわのできやすさが測定できると考えました。
加藤 その結果が「図表3」ですね。20歳、30歳、40歳、50歳と世代ごとにしわの状態を測定しています。
吉川 これは年代別の肌状態と同じモデルを作り、両側からギュッと圧をかけたときに、肌の表面にどういった波ができるかシミュレーションしたものです。
加藤 20歳だと表面が細かい波ができていますが、年齢を重ねると同時に真皮層など、肌の深い部分に波の影響が現れていますね。
吉川 そうですね。年齢が若いときは波の影響が真皮層まで達していません。でも、40歳になると表皮層全体が大きく波打ち、その下の真皮層にまで影響が及んでいます。そして、30歳と40歳では波の入り方が大きく異なることも明らかになりました。
加藤 確かに30歳代では肌年齢も肉体年齢もガクッと落ちるといいます。化粧品でエイジングケアが気になりはじめるのも、この世代ですね(笑)。それがシミュレーションで証明されたということですね。
しわが刻まれやすい年代は30~40歳!
吉川 以前の研究で、10~20歳代までは肌状態に大きな変化が見られないのに、30歳から40歳にかけて目尻のしわやほうれい線が目立つようになるというデータを確認したことがありました。しわは加齢とともに徐々に深くなるのではなく、30歳から40歳の間に突然現れるのではと予測していましたが、それがシミュレーションで実証できたのです。
加藤 その変化を図解したのが「図表4」ですね。加齢によって肌の深部にまでしわが入り込んでしまうということ!
吉川 角層のみが座屈する状態、つまり、しわになるステージ1は、しわは消えやすい状態にあります。ところが、ステージ2のように加齢によって表皮層全体が座屈するようになると、より深い部分にまで座屈して、消えにくいしわが発生してしまうのです。
深いしわを作る表情ぐせを避ける!
加藤 なるほど……。