金品の授受は日常化
プロ野球球団からアマチュア球界へ、巨額の謝礼金や「栄養費」すなわち「裏金」が流れていることは、多くの「関係者」が以前から知っていることだった。もちろん「裏金」の授受にまったく関与していなかった「関係者」も存在するだろう。が、アマチュア野球の監督のなかには高級外車を何台も所有していたり、豪邸に住んでいる人物もいて、「裏金」の存在は少なからぬ「関係者」のあいだで、常識とされていることだった。そんなところへ、西武ライオンズをはじめとするプロ球団から、「裏金」の存在が「表沙汰」となり、最も大きな騒動に発展したのが高校野球の「特待生問題」だった。高校野球ではプロから金を受け取る一方、中学生の有力選手を集めるために奨学金制度などを使い、「スポーツ特待生」として授業料や合宿費を免除していた高校が、全国で軟式8校を含む376校(甲子園優勝校は25校)も存在することが発覚したのだ。つまり高校野球では、選手の「獲得」と「放出」に関して、金品の授受が日常化していたのである。
そこで日本高等学校野球連盟(高野連)は、野球を行うことによる金品の授受を禁じた日本学生野球憲章にのっとり、それらの「違反校」を処分し、今後は「野球特待生」をとらないよう指導した()。が、そこで、異論が出た。他のスポーツでは特待生の存在が許されているのに、どうして野球だけが禁止されなければならないのか?……と。
この問題を考える場合、やはり高校野球という特殊な事情に留意しなければならない。
甲子園の持つ金銭的意味
高校野球――特に夏の甲子園大会は、多くの観客を集め、全国ネットでTV中継もされ、「日本の夏の風物詩」といわれるほどの人気を獲得しているビッグイベントである。この大会に出場することのできた高校は全国的な有名校となり、翌年の受験希望者も増え、少子化に悩む高校にとっては大きなPRとなる。そこで多くの私立高校は、野球部の強化に力を入れ、有力選手の獲得に乗り出し、甲子園出場をめざす。またプロ野球選手をめざす若者も、甲子園に出場して活躍することによって、プロ入り時の入団契約を有利に交わすことができる。つまるところ甲子園大会は、高校にとっても、高校生にとっても、重大な金銭的意味を持つイベントといえるのだ。
他のスポーツには存在しないこの特殊な事情を無視して、他のスポーツと同様に「特待生」を認めれば、有力中学生選手の獲得競争が激化し、高校の野球部はプロと何ら変わらない「スカウト合戦」を演じることになるだろう。
もちろん、そのような「スカウト合戦」は、世界の人気プロ・スポーツ組織では、常識になっている。サッカーのベッカムにしろロナウジーニョにしろ、子供のころからプロのクラブにスカウトされ、プロ契約を交わしていた。日本のサッカー界でも、中学を卒業したばかりの森本貴幸選手(現セリエA・カターニャ)が東京ヴェルディとプロ契約した例がある。もちろん、それらの契約はすべて「裏金」ではなく「表金(プロ契約)」である。
人気があり、実力のあるスポーツマンは、そのように若くしてプロ選手になって当然ともいえる。ところが日本の野球界は、若くて優秀なスポーツマンが野球選手として活躍できる場が、高等学校の野球部にしか存在しないのだ()。
プロでないがゆえに裏金を生む
高等学校の目的はもちろん教育であり、プロ・スポーツ選手の育成ではない。が、高校生や中学生で「プロ」として活躍する若者は、ピアニスト、ヴァイオリニスト、バレリーナ、子役俳優、タレント、棋士など、数多く存在する。それらの技量を「プロ」として発揮しながら、高校に通っている若者も少なくない。が、日本の高校野球界(高野連)は、高校の野球部に所属しているがゆえにプロになることを否定する。その一方で、プロ並みのビッグイベントを主催し、結果的にプロ野球選手養成所の役割を果たしている。そうなると必然的に金品が動き、プロではないがゆえにその金品は「裏金」になる、という矛盾した構造ができあがっているのだ。高野連がいくら「野球特待生」を禁じたところで、高校の外郭団体(宗教団体や奨学生推進団体)による「特待生」の存在は禁じられない。つまり問題の核心は、教育機関である高等学校の課外活動(野球部)が、プロ並みの興行を催していることであり、高校野球以外に若者が野球を行う場が存在しないこと、といえるのである。