ゲーム機の物量戦争時代の終焉
「ゲーム」をめぐるビジネスは激しく動いている。かつて、ゲーム機戦争と呼ばれる時代があった。8ビット機に対抗して16ビット機。続いて32ビット機、64ビット機を家庭用ゲーム機メーカーは製造・販売をした。この戦争、たとえるなら物量戦だ。敵よりも高性能な武器を持ち、多くの台数を売った者が勝者となった。
ところが、今のトレンドはまったく異なる。物量だけでは勝つことができない。敵はライバル会社ではなく、時代の変化だ。つきつめると「ゲームの次世代はどうあるべきか?」。市場の声なき要求に、答えを提示しなくてはいけない。メタレベルでの思考の戦いが行われている。
以下、具体的に述べていこう。
ソーシャルゲームの台頭
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で提供されるゲームアプリケーションのことを、ソーシャルゲームと呼ぶ。2010年から11年にかけて、ソーシャルゲーム旋風が吹き荒れた。ソーシャルゲームを提供運営する企業、ディー・エヌ・エー(DeNA)とグリー(GREE)は増収増益を繰り返してなお、10年期決算では、両社とも過去最高の売り上げ・経常利益を更新した。会員数はともに2500万人を超えている。11年3月の東日本大震災のあと、テレビCMの出稿量は1位がACジャパン。2位と3位はDeNAが運営する「Mobage(モバゲー)」と、「GREE(グリー)」が競り合うかっこうとなった。ソーシャルゲーム・ユーザーでなくても、両社のテレビCMを見た人は多いだろう。
ゲームが進むにつれアイテムなどを購入する場合もあるが、はじめは「無料」で遊べる。また、友人を「仲間」として招待すると特典が得られる内容のゲームが多いので、ユーザー数は、ねずみ算式に増えていく。この2つが、ソーシャルゲームが流行した主要因だ。
新型ゲーム機の反撃か?
一方、伝統的な家庭用ゲーム機メーカーは、11年、新機種の発売、または発表を行った。任天堂はニンテンドー3DSを2月に発売。6月にアメリカで行われたビジネスショー、E3(Electronic Entertainment Expo)では、任天堂はWii U(ウィーユー)を発表した。また、ソニー・コンピュータエンタテインメントはPlayStation Vita(プレイステーション ヴィータ)を発表している。
ソーシャルゲーム旋風対新型ゲーム機の発売。この図式は新旧の勢力の激突と報道されることが多い。こうした対立図は、書きやすいし、読みやすいからだ。
だが、筆者はこの安易とも言える報道姿勢に異を唱えたい。記者の怠慢、読者への迎合、思慮と取材不足以外の何者でもない。
ビジネスモデルの歴史的大転換期
今、起きているのは、もっと大きなうねりである。「ゲーム」が歴史的な転換点を迎えている。それは劇的なIT技術とインフラの進化、ライフスタイルの変化が起きている、と考えるからだ。ソーシャルゲームが隆盛なのは事実だが、現在の市場拡大を続けるためには、スマートフォンユーザーの取り込み、海外展開などの課題がある。これらを克服すればとてつもない成功がもたらされるだろう。また、実際にそのための戦略を打ち出している。だが、戦術を間違えると、いわゆるガラパゴス化となるかもしれない。ソーシャルゲームはどのように戦線を拡大していくのか。第2次成長期につなぐことができるのか、重大な局面を迎えている。
かたや、ゲーム機メーカー。表層にはあまり現れていないが、次世代に向けて、提供するコンテンツや、ビジネスモデルの大転換をはかろうとしている。
ニンテンドー3DSは裸眼立体視できる携帯ゲーム機として注目を集めた。だが、実際に購入したユーザーは「すれちがい通信」の満足度が高い。ニンテンドー3DSを持って街を歩く、あるいは電車に乗る。その時に同じニンテンドー3DSを持っている人がいれば、メッセージが自動的に交換され、自分のフレンドが増えていく。この偶然性を楽しいと感じている。同じく任天堂が発表したWii U。同機のコントローラーには画面が付くことが発表されたが、これはただのコントローラーではない。ビデオチャットや、ウェブブラウズもできる「ゲーム以外」の用途も構想されたうえで開発が進行している。
PlayStation Vitaも今までの携帯ゲーム機の概念をがらりと変えそうだ。11年1月に日本で、同年6月にアメリカのE3で行ったプレゼンテーションは刺激的だった。同機は、持ち歩いたルートを記憶することができ、通過した街では、誰がどのゲームをしていたのか、ユーザー同士の動線を情報共有することもできる。また、ソフトウエアの販売形式も、1タイトルを購入する従来のビジネスモデルに縛られていない。たとえばゴルフゲームならば、ソフトを安価で購入し、ゲームが進行するにつれて、ゴルフコースを追加購入する、といった構想も語られた。このコンセプトがどこまで実現するのか。それ以上の画期的な機能が、追加発表されるのか。11年9月15日から開幕する東京ゲームショウでの発表に注目したい。ちなみに同機はWi-Fi通信モデルと、Wi-Fi+3G(第3世代の携帯通信方式)モデルの2機種が出ることは確定している。またVitaとはイタリア語で「生活」の意味である。
繰り返すが、新勢力と旧勢力が戦っているのではない。ゲームは今、ソーシャルゲームも家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機も、異次元の領域に踏み出そうとしているのだ。
「閉じたゲーム」からの開放
筆者の本意を、異なる言い方をして伝えたい。まずは平たく言うと、ゲームユーザーは1本のパッケージに封じ込められたゲームソフトに飽きた。作者の手のひらの上で遊ぶだけではない、別の要素を求めているのだ。筆者はその別要素を「3つの間」と呼んでいる。「人間」を相手にするから楽しい。「空間」(移動や位置情報)がゲームにからむと楽しい。リアルタイム、すなわち「時間」とともに変化するゲームが楽しい。これはソーシャルゲームも、新型携帯ゲーム機も、目指すところだ。
大仰に言えば、社会から隔絶されていた「閉じたゲーム」がいま開放されようとしている。社会と融和しようとしている。Vitaとは、よく言ったもので、人々の「生活」に密着しようとしているのだ。
プレイヤーがひとりでゲーム画面に入り込む時代は静かに終わろうとしている。
だが、人間、空間、時間。すなわち生活、社会とうまく混ざり合えば、未来のゲームは次の歴史を歩むことになるだろう。
すれちがい通信
任天堂の携帯ゲーム機ニンテンドーDSの通信機能のひとつで、同社の商標。同機能が搭載されているゲームソフトをプレーし、すれちがい通信モードをセットした状態で、電源を入れたまま、かばんやポケットにニンテンドーDSを入れて持ち歩くことで、近くをすれ違った人と自動的に通信を行い、交流やアイテム(ゲーム内のキャラクターの所持品)の交換などを行うことができる。
ソーシャルゲーム
mixiやGREE、モバゲーなど、PCや携帯電話のSNS(コミュニティー型の個人サイト運営サービス)で提供されている、SNSのユーザー同士で競い合ったり協力し合ったりと、何らかの形で交流しながらプレーを行うタイプのゲームのこと。ソーシャルネットワーキングゲーム(SNG social networking game)とも呼ばれる。一般にSNSの会員であれば無料でプレーすることができるが、よりゲームを楽しみ、攻略するためのアイテムの購入などの際には課金が行われる。