身の回りにあふれている「地図」。街並みや道順を記した略図から、新聞や雑誌を飾る世界地図まで、私たちはさまざまな地図を何気なく眺めています。しかし、その地図が「正確」かどうか、考えてみたことはありますか? お店の場所を示す地図なら、少し間違っていても、ちょっと迷うくらいで済みますし、今ならスマートフォン(スマホ)の地図アプリで正しい場所にたどりつくこともできますね。
ところが、世の中には間違ってはならぬところを間違った、「トンデモ」地図もあるのです。本来、科学的な知識の結晶であるはずの地図が、あまりにも軽く扱われている現状を、近藤暁夫・愛知大学准教授に解説していただきます。
地図は科学の精髄
「世界の姿を知りたい」、「世界はともかく、あの山の向こうに何があるのか知りたい」というのは人間の持つ根源的な欲求だろう。そして、人が世界の姿を知りたくて積み上げてきた成果が、地図と、より正確な地図を作るための技術である。人が神のごとく大地を正確に紙面上に描き留めることは困難極まりないことだったが、だからこそ人は神の視点に少しでも近づき、大地の姿をわが手に把握しようと、努力を重ねてきた。古代の人々からみれば「神の目」と受け取られるだろう今日のGPSや衛星画像、それを基にした誤差をミリ単位に収められる地図はその集大成である。
地図社会ニッポンを生きる
そして、今ほど地図が人々の生活にあふれている時代はない。スマホではルート検索機能までついた詳細な「世界地図」を簡単に眺められ、小学生も使いこなす。私が学生の頃は地図帳片手に街歩きをしていたら好奇の目で見られたものだが、今は万人が地図帳片手に歩いているようなものだ。新聞、チラシ、テレビの天気予報……生活の中で嫌でも毎日何十枚もの地図が視界に入る。
我々が「世界の姿」をポケットの中に持てたことは人類の偉大な成果だといえるが、もちろん地図も万能ではなく、取り扱いには注意が必要である。「北が上」「国単位で物事を把握する」などは、何気なく地図を眺めているうちに刷り込まれる思考法だし、我々が当たり前にもつ「日本」という領域国家の図像も、日本地図を繰り返し眺めるなかで形成されていったものだ。世界を理解するために編み出した地図に、逆に我々の「世界観」が固定されてしまいがちな面があることは、現代人の常識として知っておくべきだろう。また、社会に地図があふれた分だけ、「ヘンテコな地図」も私たちの視界に入る機会が増えるようになった。万人が地図を扱うことができる社会では、地図を描く側にも読む側にも地図のリテラシーが必要だ。でも、残念だけど今のところリテラシーは十分とはいえない。
日本政府公認「ヘンテコ地図」①“防衛”編
地図には、店舗案内チラシのように、縮尺や形状などの正確性を度外視して必要な情報を読み手に伝えることに特化したものもあり、こういうものを「不正確だからダメ」というのは狭量だろう。デフォルメしつつも必要な情報はしっかり伝える地図は賞賛される。本当にダメなものは、性格上「可能な限り正確に描くべき」なのに、その実デタラメな地図である。
巷のヘンテコ地図は星の数ほどあるが、ここでは罪深いものの代表として「日本政府が公式に出しているヘンテコ地図」にご登場願う。いずれも2018年11月現在、政府のHPからアクセスできる。ミスは誰にでもあるが、政府のミスは社会へのダメージが一段違う。だからこそ、ミスを最小限に抑える製作側の力量と厳密なチェック体制、ミスを迅速にリカバリーするダメージコントロール能力、ミスを認め陳謝する潔さが不可欠だ。そもそも国民の代表たる政府が考えうる最高の地図を使っていないとなれば、社会の名誉にかかわるではないか。
まず、防衛省の公式年次報告書である『防衛白書』巻末の地図を取り上げよう。
これは2017年版『防衛白書』巻末の「(自衛隊の)主要部隊などの所在地」だが、驚くなかれ尖閣諸島と竹島が実際の位置より100キロメートルほどずれている。「尖閣諸島問題」とか「竹島の日」とかは何だったのかと憤る読者もおられるだろうが、この地図が1997年版の『防衛白書』から2017年版まで一貫して掲載され続けていたと聞けば、怒る気力も出なかろう。
さすがにまずいと思ったのか、最新版(2018年版)では修正が入った。
8月末に一旦防衛省のHP上で公開されたPDF版では尖閣と竹島の位置はそのままだったので、何らかの理由で急遽差し替えたのだろう。次はこのような誤りをした原因の究明と、20年間放置し続けた責任の追及が問題となるべきなのだが、それが実行されるかはさておき、ともかく訂正するのはしないよりはマシなので、その点は評価できる。ただし、この地図、種子島と屋久島の位置が間違えたままになっているなど、残念なことに「やっぱりどうしようもない地図」という評価は揺るぎない。ミス(「国土」について間違えるのは政府としてやってはいけないレベルのミスだが)を犯すのは誰にでもありえることだが、リカバリーが中途半端というのはその主体の危機管理の力量が如実に測れて本当に致命傷になりかねない。小手先の修正で取り繕わないでもらいたいものだ。
他にも、南スーダンPKOに関することは「日報隠ぺい問題」もあり、『防衛白書』も当然細心の注意を払って取り上げているのだろう――と思いきや、地図に関しては全くそうでない。2017年版の『防衛白書』では巻頭の見開き(7~8ページ)で南スーダンPKOを特集し「過去最大規模の実績を積み重ね」(7ページ)たと自己評価しているが、掲載されている地図は南スーダンという国自体、国境線がなく存在が抹消されているというトンデモぶり。