変わりゆく社食、3世代
日本での社員食堂(以下、社食)の初期の形態は、近くに食堂があまりない企業における食事場所の提供であった。例としてはメーカーの工場地帯で、提供される食事は量が多くてカロリーが高く、肉体労働者の塩分補給を考えて味つけの濃い食事が主体であった。この形態の社食を「社食第1世代」としよう。次第に、会社の外に出ればすぐに食堂がある、いわゆる都市に立地する企業の中でも、社食が登場する。このタイプの社食の主眼は福利厚生であり、価格は社外の食堂に比べて格安に設定されていた。多くは地下にあることも特徴だ。これを「社食第2世代」と名づける。
さらに、技術の発展による事業の変化やビルの高層化に伴って、社食の形態も変容する。コンピューターメーカー、ソフトウエアメーカー、システムインテグレーターなど、情報・通信技術に関連するIT産業が隆盛を極め始めると、社食は単なる食事の場所から、プラスアルファの意味をもつ場所へと変わり始める。特に、欧米で発達したシリコンバレー系の企業で、無料で食べ放題の社食が設置されていることに影響を受け、日本でも食べ放題のシステムを採用する社食が登場した。また、従業員の知的創造物そのものが企業価値であるとし、パフォーマンスを最大限に引き出すために健康管理に配慮する社食、世界的な環境問題への意識の高まりから、環境配慮に特徴をもつ社食なども登場。さらに、社内の最も眺望の良い場所につくられる場合が多いことも特筆すべき点だ。これらが今、注目を集めている「社食第3世代」である。
おいしくて個性的な第3世代の社食
第3世代の社食は、企業ごとに非常にユニークな試みをしている。たとえば、DeNA(東京・渋谷)は、従業員がランチをとりやすい空間をつくることにより、長期にわたって最高のパフォーマンスを発揮してほしいという理由から、本社のある渋谷ヒカリエ内に社食を設置、ランチを無料で提供。食べ放題システムは採用せず、選択肢を主菜3品・副菜3品と決めることで、従業員の栄養バランスをも考えている。また、大日本印刷(東京・市谷)は、自社・五反田社屋の最も眺望のよい場所に設け、太陽光を浴びることができるように、全面ガラス張りの設計とした。さらに、自社の印刷技術を使った壁紙を配し、社食で食事をとることで無意識に自社技術への誇りを育成することにも役立っている。また、東京エレクトロン(東京・赤坂)の社食も、最も眺望のいいフロアにあり、社内のプロジェクトとして社食の名称とロゴマークを社員で考案した。「メーカーの宝は従業員であり、従業員こそ会社の無体財産であるので、従業員への配慮により、よりよい会社づくりを狙うため、インナーステークホルダーである従業員への配慮を第一に考えた」と同社戦略担当者がいうように、同社は社食を通じた企業の社会的責任(CSR)、すなわち従業員配慮型CSRの実現を試みている。そして、第3世代の社食の発生は、第1世代、第2世代にも少なからず影響を与えている。たとえば、第1世代の社食であっても、JFEエンジニアリング(神奈川・横浜)のように地産地消をうたって地域コミュニティーの活性化に努めたり、第2世代でも、デサント(大阪)の東京オフィスのように、食堂の横に血圧計や体脂肪計などを設置して、その日の体調をチェックできるコーナーを設けるなどの工夫をしている。
これらの社食の事例については、筆者がスーパーバイザーを務める社員食堂訪問サイト「社食ドットコム」(http://www.shashoku.com/index.html)でもご覧いただける。
「楽しい社食」がもたらす効用
このような第3世代の社食には、実際にどんな効用があるか。社食を利用している従業員からの感想で最も多いのは、「従業員同士の横のコミュニケーションが取りやすくなった」ということである。さらに、医学的見地からは、ビタミン、ミネラル類、脂肪酸類、アミノ酸類がうつ病の改善に効果的であることから、栄養バランスを考えたメニューによってはうつ病に罹患する従業員の減少にも資する可能性があるという。コミュニケーションの向上やメニューによる健康管理により、早期離職者の減少も期待でき、そのことで、最高のパフォーマンスを短期的ではなく長期的に期待できるようになる。さらに、企業の強みを感じさせる仕掛けをすることによって、従業員への企業理念の育成にもつながる。そして、一部分を開放することでコミュニティーに開かれた社食を提供し、自社の広告宣伝効果も図ることができる。これらの点で、第3世代の社食は、単なる食堂以上の付随的効果をもたらす期待がある。
CSRとしての社食
第3世代の社食は、近年よく耳にするようになったCSRの実現にもつながる。2010年11月には、国際標準化機構よりISO26000(社会的責任規格、SR規格)が発効され、その重要性はますます高まるばかりである。ISO26000では、(1)組織統治、(2)人権、(3)労働慣行、(4)環境、(5)公正な事業慣行、(6)消費者課題、(7)コミュニティーへの参画およびコミュニティーの発展、の7つが中核主題として掲げられている。これはまさに事業者をとりまく様々なステークホルダーに対する配慮にほかならない。このような視点から見ると、社食はまさに従業員、そしてコミュニティーへの配慮、場合によっては環境への配慮も一度に実現できる空間であるといえる。CSR自体のとらえ方の誤解から、企業戦略としてCSR戦略を考える企業はまだまだ少ないが、それと同時に企業戦略として社食を考える企業も少ない。しかし、今回紹介したような企業は、先んじて社食戦略を取り入れている先進的企業である。企業の責任も法的責任から社会的責任へと広がる中、ステークホルダーへの積極的配慮を先んじて取り入れられる企業こそ存続可能性ある企業となりうる。
これからの社食はどうなるか?
現状の社食は、日本型とアメリカ型の二つに分析できる。前者は、綿密なカロリー計算や塩分計算などの健康管理に配慮しており、「管理」に特徴をもつ。後者は、好きなものを好きな時間に好きな量だけ摂取できる形態をとり、「自由」に特徴をもつ。日本人の強みは、他者に対する詳細な配慮ができることといえよう。したがって、これからの日本の進むべき「社食道」は、日本ならではの強みを生かし、かつアメリカ型の長所をも取り入れた日本型+アメリカ型のミックス型社食であろう。
インナーステークホルダー
ステークホルダーとは企業から見た企業の利害関係者の意味であり、株主、投資家、消費者、取引先、従業員、競合他社、国、監督官庁、地域共同体等を指す。インナーステークホルダーとは企業の中にも入りうる内部のステークホルダーであり、主として従業員を指す。