年間で60万人規模の雇用創出も
重大な原子力災害を受けて、脱原発と再生可能エネルギーへの転換の是非が議論されている。原発維持派がこれに反対する論拠は、日本経済への負担である。エネルギー転換はお金がかかるから、家計にも企業にも負担となって、ただでさえ悪い日本の景気がさらに悪くなると訴える。一方の脱原発派は、経済的負担があっても安心安全が第一だと主張する。主張は正反対だが、脱原発が日本経済にダメージを与えるという理解は共通している。ところが別の場面では、それと矛盾する主張が展開されている。「不況に苦しむ日本経済では、財政支出の拡大で需要と雇用を作り、景気を回復させる必要がある」というものだ。これが現在の安倍晋三政権が推進する「アベノミクス」の一つの柱ともなり、国土強靱(きょうじん)化という公共工事への支出増につながっている。
公共工事が景気を刺激するなら、再生可能エネルギー設備の建設も景気を刺激するはずである。公共工事の費用は税金でまかなわれ、企業や消費者は公共施設の利用にお金を払わない。同様に再生可能エネルギー設備の建設も、税金を使うのであれば電気料金を引き上げる必要はない。そのため、エネルギー転換によって企業や消費者の負担が増えるという批判は当たらないことになる。
同じ財政支出なのに一方で負担と言われ、他方で景気を刺激すると言われるのは、それぞれ違う景気状況が頭にあるからである。
公共工事でもエネルギー転換でも、それに伴うコストが「負担」になってしまうのは、そのために必要なコスト分の労働力や部品が、既存部門から振り向けられるときである。この場合、それによって失われる既存部門の生産物の価値分がその「負担」ということになる。
ただし、既存部門の生産が失われるかどうかは、景気の状態によって大きく異なる。好況で生産設備がフル稼働しているなら、他の用途で労働力を使うことになれば、実際に既存部門の生産は減ってしまう。しかし、逆に長期間不況で人が余っているなら、他の用途で労働力を使っても既存の生産を減らす必要はないため、負担にはならない。後者の場合、負担がないだけではない。エネルギー部門での雇用の拡大により、労働市場での人余りが軽減され、雇用不安も減り、賃金も下げ止まってデフレも解消される。それによって人々の消費意欲が高まり、経済を活性化させる。つまり、現在のような不況下では、エネルギー転換は「負担」ではなく、公共工事と同じ景気刺激効果をもつのである。
エネルギー転換でも公共工事でも、財政でコストをまかなうのであれば、もちろん税負担が生じる。しかし、それは脱原発事業と再生可能エネルギー分野の所得となる。つまり一方での税負担増は他方での所得増大になるから、経済全体で見ればお金は減らず、景気には影響しない。結局、前述の雇用創出による景気拡大効果だけが現れる。
その規模を試算すると、2020年に脱原発を完了し、再生可能エネルギー比率を20%にまで高めて残りを天然ガスなどでまかなった場合、廃炉を含めた投資費用は、年間最大2兆~3兆円程度になる。好況で生産能力が余っていなければ、その費用はそのまま負担になるが、実際には日本は不況で労働力が余っているため、エネルギー転換は年間35万人ほどの雇用拡大につながる。さらにそれによる消費刺激は2兆円ほどになって、追加的に25万人程度の雇用を生み出す。その結果、総計で年間50万~60万人規模の新規雇用が生まれると試算される(詳細は拙著『エネルギー転換の経済効果』〈2013年、岩波ブックレット〉に記載)。
電気料金上昇で新産業が育つ
ここまでは、エネルギー転換を財政負担で行う前提で話を進めてきた。これなら、電気料金の値上がりによる企業や家計への負担は考えないで済む。だが財政負担ではなく電力会社に負担させるとすればどうだろうか。その場合、コストは電気料金に上乗せされることになる。ところがその場合でも、実は財政負担の場合とほとんど同じである。その理由は、第一に、コストを企業や家計から徴収した税金でまかなうのも、企業や家計から徴収される電気料金でまかなうのも、全体で見れば金額は同じだからだ。違いがあるとすれば、集めるときの名目が税金か電気料金かということだけだ。第二に、電気はすべての企業が使っているから、電気料金が高まれば、他のすべてのモノやサービスの価格も電気料金の値上げ分高くなる。つまり、すべての製品に消費税のように電気料金が上乗せされるということだ。したがって、電気料金への転嫁と税負担増は、誰が負担するかという意味でも、結果はほとんど同じなのである。
そうは言っても、産業によって電気の集約度に違いはあるため、電気料金の値上げは、電気を多く使う産業には不利に、少ない産業には有利に働く。しかしそれは産業構造の転換をもたらす効果をもつだけで、経済全体の負担になるとは言えない。
そもそも現在の産業構造が日本経済に最適であるかどうかは明確ではなく、したがって、産業構造の転換が悪いこととは言えない。現在の産業構造は、企業向けの安い電気料金を前提にできたものである。しかし、エネルギー資源の乏しい日本でエネルギー集約型の産業を育てるのは、北国でトロピカルリゾートを育てるようなものである。北国では、避暑地やスキーリゾートを育てるほうが自然であろう。
それでも現在の産業構造を維持しようとするなら、従来と同じ料金体系で電気を供給し、不足するコストは財政でまかなえばよい。ただ、これでは衰退産業の保護と同じである。それよりも新たな発電コストを前提に省エネ型への産業構造の転換を図るべきであろう。省エネとクリーンエネルギーが世界的な注目を浴びつつある現状を考えれば、新たな経済成長の契機になることも期待できる。
グローバルにみても経済活性化の効果
エネルギー転換が経済にマイナス効果をもたらすという主張は、グローバル経済と関連づけても展開される。コスト増のため、価格競争で海外に負けるというわけである。だが、そもそもコストを財政でまかなう方法をとれば、電気料金は上がらないので、価格に上乗せされることもなく、そうした心配は不要である。さらに、以下に述べるように、たとえ電気料金に転嫁しても問題はない。なぜなら、経常収支(海外からの資金の受け取りと海外への資金の支払いを差し引いた日本全体の収支)の変化によって、為替調整が起こるからである。電気料金が上がれば、その分、日本製品の円建て価格も上がる。すると国際競争で不利になる。これにより輸出が減って輸入が増え、経常収支が悪化する。しかし、経常収支が悪化すれば、これが円売りを促して円安を呼ぶので、価格上昇分は相殺され、電気を平均的に使う産業の国際競争力はもとに戻ることになる。このように、円建て価格が上昇しても、それによる国際競争力の低下は、経常収支の変化によって起こる円安で相殺される。さらに、この場合も電気を多く使う産業は不利に、あまり使わない企業は有利になる効果があることは、基本的に変わらない。
そもそも、円建て価格の上昇が経済に悪影響を与えると言うのであれば、安倍政権の進めるインフレターゲット政策もよくないことになる。インフレターゲットで物価上昇を目指しながら、電力料金値上げによる物価上昇が経済にマイナスになると心配するのは、明らかに矛盾している。
また、再生可能エネルギーを推進すると、資金が国産の設備だけでなく、輸入品の購入にも回ってしまうという指摘があるが、この場合にも輸入が増えて経常収支を悪化させるから、円安が進行し、エネルギー関連の輸入増大を相殺する分だけ、日本製品が売れるようになる。実際、最近の原発停止に伴うエネルギー輸入の増大で経常収支が悪化したことで円安が進み、日本企業が息を吹き返している。
このように、グローバル経済を考えても、エネルギー転換にかかるコスト増が国内の雇用増につながることに変わりはない。さらに、国内の雇用が増えれば、その後の波及効果はすでに述べた通りである。したがって、グローバル経済においても、エネルギー転換は日本経済を活性化させることがわかる。